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2023.10.18

日本シリーズ“優勝請負人”・工藤公康を疑心暗鬼にさせた野村克也、リーダーとしての観察眼とは

戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」18回目。

野村克也連載第18回/リーダーには観察眼が求められる

2005年の経験を18年後に活かした岡田監督

2023年シーズン開幕前、阪神率いる岡田彰布は、2022年最優秀中継ぎの湯浅京己をストッパーに配置転換することを公言していた。それに伴い、“勝利の方程式”の“定数”に誰を配置するかが焦点となった。

2005年リーグ優勝時は、勝利の方程式“JFK”を崩さなかった。実にジェフ・ウィリアムスの2005年75試合37ホールド、藤川球児の80試合46ホールド、久保田智之の27セーブという数字が残っている。岡田監督が交代投手を告げなくても、登板順を周囲はわかっていた。

しかし湯浅の故障により、方程式の定数の変更を余儀なくされる。2022年のストッパーだった岩崎優をそのままストッパーに残留。そして岩崎以外のリリーバーを固定するのではなく、柔軟に配置した。

これは桐敷拓馬のリリーバー起用を見ても明らかである。2021年ドラフト3位の左腕は、新人ながら2022年開幕第3戦の先発に抜擢された。しかし、7試合0勝3敗。2023年の先発ローテーション6人は伊藤将司、大竹耕太郎の左腕のほか、青柳晃洋、西勇輝、才木浩人、村上頌樹らがガッチリと固めた。

岡田は2023年7月18日のフレッシュ球宴(二軍のオールスターゲーム)で、桐敷が最終回を打者3人でピシャリと抑えるのを見ていた。

それ以前は2023年も一軍で“谷間”の先発要員だった桐敷だが、リリーバーに“適材適所”があるのを見抜いて、以降は方向転換させたのである。これがズバリ、的中した。

優勝の2023年9月14日まで桐敷登板18試合に見るように、岩崎56試合をはじめ、岩貞祐太(左投手)48試合、加治屋蓮(右投手)47試合、石井大智(右投手)38試合、島本浩也(左投手)33試合、浜地真澄(右投手)29試合。岡田はリリーバーを臨機応変に起用した。

思えば、2005年の日本シリーズ対ロッテ。第1戦1対10、第2戦0対10、第3戦1対10、第4戦2対3の一方的なストレート負け。JFKをそろって使えたのは第4戦だけ。それ以外は藤川を第3戦に一度使っただけで終わってしまった苦い経験もあった。

監督は、選手と同じ立場で試合を見てはいけない

野村克也は「リーダーの観察眼」「監督が選手になって試合を見てはいけない」ということをよく言っていた。その例として野村が挙げたのは、今なお語り継がれる“江夏の21球”だ。

野村が名リリーバーへと仕立て上げた江夏豊。1979年、野村の南海(現・ソフトバンク)のプレーイング・マネージャー退任とともに、江夏は南海から広島に移籍していた。

1979年の日本シリーズ、広島対近鉄。野村はロッテ、西武へと移籍し、日本シリーズのゲスト解説を務めていた。

どちらが勝っても初の日本一という第7戦。4対3と広島リードの9回。先頭打者の6番・羽田耕一が中前安打。代走・藤瀬史朗が盗塁(暴投で無死三塁)。続いてクリス・アーノルドの敬遠四球。アーノルドの代走・吹石徳一も二塁盗塁。平野光泰の敬遠四球で無死満塁。

1点リードしているとはいえ、広島は絶体絶命のピンチを迎えた。試合を見ていた野村は、近鉄率いる西本幸雄の表情が一瞬緩んだように見え、「危ない」と感じた。

9番投手の代打・佐々木恭介(1978年首位打者)が三振。1番・石渡茂への1球目、カーブを見逃し、0ボール1ストライク。

ここで西本からスクイズのサインが出た。満塁の走者3人が一斉にスタート。石渡がスクイズの構えをし、捕手・水沼四郎が立ち上がる。

江夏は投球をウエスト。石渡はスクイズを空振り。三塁走者の藤瀬は三塁一本塁間で挟殺される。二死二・三塁。石渡は空振り三振でゲームセット。これが伝説の「江夏の21球」だ。

西本は監督生活20年で8度のパ・リーグ制覇(大毎=現・ロッテ1回、阪急=現・オリックス5回、近鉄2回)。しかし、勝利の美酒に酔うはずの盃は、掌中からスルリと滑り落ちた。

名将でさえ、こういうことがある。やはり勝負は下駄を履くまでわからない。

野村克也の独自の観察眼

野村は肩に自信がなかった。

投球を捕ってからどんなに早く投げても、投手が足を大きく上げて投げていては、一塁走者はゆうゆうと二塁に盗塁してしまう。

「盗塁阻止は投手と捕手のバッテリーの共同作業。小さくて速い投球モーションで投げろ」

これが、いつしか「クイックモーション」と名付けられた。つまりクイックモーションの考案者は、南海プレーイング・マネージャー時代の野村なのである。

野村は、投手の一塁牽制にも気を配らせた。牽制の目的は大きく2つある。

  • 走者のリードを小さくさせる(あわよくばアウトにする)。
  • 相手の作戦を見破る(二塁盗塁、送りバント、ヒットエンドランなど)。

投手が一塁走者に牽制球を投げると、野村には走るか否かの相違点も見えてきた。

野村は引退後、歴代最多記録を持つ“世界の盗塁王”福本豊に聞いた。

「盗塁で大事なのは何や。スタートか、スピードか、スライディングか?」

「そりゃあノム(野村)さん、スピードが8割だよ。そして盗塁は目でするもんだ」

さすが福本だ。走力だけで盗塁していたと思われがちだが、投手の投球時や牽制時のクセをしっかりと研究していたわけだ。そうでなければ年間106盗塁、通算1065盗塁もできるはずがない。

野村は、一塁牽制に対する自らの考えも確信した。

江夏のリリーバー転向の成功により投手の分業制がさらに進み、現在のプロ野球では細切れ継投が浸透した。そしてクイックモーションを意識するようになり、誰もが上手くなったので、最近の盗塁王は30個前後でタイトルを獲得する。2022年セ・リーグは近本光司(阪神)が30個、2023年も近本が28個だ。

しかし、捕手の盗塁阻止率は3割5分前後でしかない。送りバントでアウトを守備側に献上して「一死二塁」より、盗塁して「無死二塁」のほうが大量得点のチャンスは拡大する。

野村は楽天監督時のセ・パ交流戦で、工藤公康(当時巨人)の牽制時のクセを見破った。

史上唯一セ・パ両リーグで投手ゴールデングラブを受賞し、牽制に絶対の自信を持っていた工藤。そのクセというのは「最初にセットして一塁を見たら、投球」「最初に捕手のサインをのぞき込んだら、一塁牽制」だった。

つまり、最初に見るのと逆方向に投げる。2度の機会でいずれも一塁走者は確信を持ってスタートを切った。当然セーフ。工藤はあっけに取られた。野村の勝利だった。

まとめ
勝負の1軍では、客観的に試合の流れを見たり、相手選手のクセをつかんで、勝つための采配に活かす。育成の2軍では、選手の個性や長所を見つけて適材適所に活かす。いずれにせよ、リーダーには、試合や選手を見る観察眼が求められているのだ。

著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。

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TEXT=中街秀正

PHOTOGRAPH=毎日新聞社/アフロ

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