元阪神タイガース監督・矢野燿大に、スポーツライター・金子達仁が独占インタビューした全7回の短期連載をまとめて紹介。※2023年4月掲載記事を再編
2. 元阪神監督・矢野燿大への疑問①「なぜ、シーズン前に退任を発表したんですか?」
3. 元阪神監督・矢野燿大への疑問②「好き嫌いで選手を選んでなかったですか?」
4. 元阪神監督・矢野燿大への疑問③「2022年の開幕9連敗。あれ、なんだったんですか?」
5. 元阪神監督・矢野燿大への疑問④「なんでポジションを固定しなかったんですか?」
6. 元阪神監督・矢野燿大への疑問⑤「2021年シーズン、なぜ優勝できなかったんですか?」
7. 元阪神監督・矢野燿大への疑問⑥「監督への再登板をオファーされたら?」
1. WBC優勝監督・栗山英樹と元阪神監督・矢野燿大は何が違ったのか?
監督という仕事は、概ね、結果論で評価される。
WBCが終わったあとの日本で、栗山英樹監督は伝説的名将の座に祭り上げられつつある。おそらく、当分の間はメディアに引っ張りだこの状態が続くだろうし、その名声はいよいよ高まっていくことだろう。
ではなぜ、就任直後は手腕を疑問視する声もゼロではなかった栗山監督が名将たりえたのか。
言うまでもなく、勝ったから、だった。
人心掌握術に長けていたからでも、ヌートバーをアメリカから連れてきたからでもない。大谷翔平やダルビッシュ有がチームに加わったのは紛れもなく栗山監督の功績なのだが、しかし、結果が違っていれば、まったく違った評価が下されていた可能性もあった。
袋叩きになっていた可能性すら、あった。
2. 元阪神監督・矢野燿大への疑問①「なぜ、シーズン前に退任を発表したんですか?」
2022年の沖縄キャンプイン初日、矢野はその年限りで監督の座から退くことをミーティングで選手たちに伝えた。
翌日、在阪のメディアは大騒ぎになった。そして、そのほとんどは、矢野の決断を否定的に捉えるものだった。確かに、これから戦いに臨もうとする集団の長が、自分が今季限りでチームを去ることを告げるのは、前代未聞だった。
「ほんまはね、3年目に優勝して、退任できたら、それが一番キレイというか、ちょっとズルいかもしれへんけど、まあ、かっこええし(笑)。ただ、結果として優勝はできなかった。一方で続投のオファーもいただいた。そこで考えたんです。就任してから、ずっと選手たちに挑戦しようぜって言ってきた。そんな人間が、また挑戦する機会をいただいたのに逃げるって、言ってる自分に行動が伴ってないやんかって」
3. 元阪神監督・矢野燿大への疑問②「好き嫌いで選手を選んでなかったですか?」
選手を好き嫌いで選んでいる──これは、コロナ禍に指揮を執り、かつチームを優勝に導けなかったすべての監督が受けた批判といえるかもしれない。外部から見えるのはその選手を使った、あるいは使わなかったという結果のみ。なぜそういう決断に至ったかという部分が、そっくり抜け落ちてしまったからである。
矢野ももちろん、そうした批判と無縁ではいられなかった。
「言われましたねえ、矢野は梅野が嫌い、矢野は坂本を贔屓してる(笑)。まあ彼らどうこうはともかく、一般論として、ぼくも人間ですから自分の中に好き嫌いがあることは否定しません。少なくとも、ゼロではないかもしれない。ただ、ぼくの中の好き嫌いと、自分たちの野球を貫くのとどちらを優先させるかと言えば、そんなもん、考えるまでもない」
4. 元阪神監督・矢野燿大への疑問③「2022年の開幕9連敗。あれ、なんだったんですか?」
開幕ダッシュに失敗するのは、2022年シーズンが初めてのこと、というわけではなかった。
就任2年目となるシーズンも、阪神は開幕からの4カードを終えて2勝10敗という大失敗のスタートを切っている。その1年後、首位を独走し、在阪メディアが色めき始めたころに受けたインタビューで、矢野は「当たり前のことなんですけど、外食もできなかったじゃないですか。試合に負ける。部屋にずっといる。外出は散歩ぐらい……気持ちを切り換えるのが難しかったです」と振り返っている。
だが、球団史上最悪となる開幕からの9連敗の激痛は、比べ物にならなかったという。
「初めてメンタルやられてるっていうか、ヤバいなっていう自覚はありました。やっぱりキャンプイン当日に辞めるって伝えたのがあかんかったんやろか、とか、考えてもしゃあないことばっかり考えてしまって。正直、何をどうしていいかわからなくなってたところはありました。2年前は部屋で大人数で集まる事は禁止されていたけれど、ヘッドコーチの井上が部屋に来てくれて話しを聞いてくれた。そんな心遣いが俺の心を救ってくれましたね。ただ、去年の場合はそれすら禁じられてた。まあ、しんどかったですね(笑)」
5. 元阪神監督・矢野燿大への疑問④「なんでポジションを固定しなかったんですか?」
サードを守っていた大山悠輔がファーストに回り、ライトの佐藤輝明がサードに入る。矢野体制の阪神ではよく見られた光景であり、こうした選手起用もまた、批判の的となった。一向に減らないエラーの数は、選手を一つのポジションに専念させないからだ、という見方もあった。
だが、矢野の答えは明解だった。
「それって、昔の先入観やと思うんです。昔の正解、日本一強いチームはこうなんや、固定されてるもんなんやっていう正解は、これから崩れていくはずなんです。以前、先発ピッチャーは9回投げ切ってなんぼ、みたいなところあったやないですか。いや、投げられるピッチャーがいるんなら投げさしたらいい。でも、投げ切ることを前提に戦い方を考えるのって、もはや主流ではなくなってますよね。ぼくは、固定するやり方もありやなとは思いますけど、固定はええ、動かすのはあかんとは思いません」
6. 元阪神監督・矢野燿大への疑問⑤「2021年シーズン、なぜ優勝できなかったんですか?」
勝利の数は、阪神の方が「4」上回っていた。だが、引き分けが少なかった分、勝率では5厘、ヤクルトの後塵を拝していた。直接対決の結果が一つでも逆になっていれば、ひっくり返ってしまうほどの歴史的な僅差だった。
勝因は、敗因は、おそらく考えれば考えるだけ出てきてしまう。ただ、「なぜ勝てなかったのか」と問われた矢野が、まず口にしたのは「投手交代」だった。
「もうちょっと、なんとかできたんちゃうかっていうのは、自分の中にありましたね。というのは、髙津監督の使い方、ぼくからすると『え、ここでそれ行くん?』みたいな交代、結構あったんですよ。もちろん、どちらのやり方にもいい面、悪い面があると思うんですけど、もしぼくに髙津監督的な投手交代ができてたら、1勝や2勝は変えられる可能性があったんちゃうかなっていうのは、聞かれて、いま思いました」
7. 元阪神監督・矢野燿大への疑問⑥「監督への再登板をオファーされたら?」
最下位に終わった3年目の金本体制が、矢野新監督に引き継がれると決まったとき、阪神ファンの中からあがったのは喝采の声だった。
だが、在阪のテレビ局が“優勝前祝い特番”まで作るほど盛り上がった就任3年目にまさかの大逆転を許したあたりから趨勢は変わった。ネット上では矢野を無能扱いする声が飛び交い、やることなすことすべてが批判、非難の対象となった感さえあった。
就任4年目の夏、NHK大阪が制作したドキュメンタリーの中で、矢野はほとんど睡眠が取れなくなっていたことを告白している。
「現役のときから眠りが深い方ではなかったんですけど、あのころはもう、薬飲んでも寝られへん。仕方がないから強い薬に変える。それでも寝られへん。最後は怖くなって、薬飲むこと自体をやめましたけど」
彼をそこまで追い込んだのは、結果であり、メディアであり、そして、ファンだった。