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2022.04.21

広島・森下暢仁は高校3年時、実力とは裏腹に自信なさげだった──連載「スターたちの夜明け前」Vol.28

どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。連載【スターたちの夜明け前】はこちら

写真:日刊スポーツ/アフロ

2015年7月16日・全国高校野球選手権大分大会、別府青山・翔青戦

一昨年はルーキーながらチームトップの10勝をマークし、セ・リーグの新人王に輝いた森下暢仁(広島)。昨年は少し成績を落としたものの投球回数は大幅に増やし、東京五輪では決勝の先発を任されて金メダル獲得にも大きく貢献している。今シーズンも開幕から安定したピッチングを続けており、4月9日の阪神戦では1失点完投、打者としても4打点とまさに独り舞台とも言える活躍だった。

そんな森下は大分商の1年夏に甲子園に出場しているが、当時は控えの内野手で、試合に出ることなく聖地を去っている。2年夏までは主にショート、サードとしてプレーしており、本格的に投手に取り組んだのは2年秋からだった。一躍その名が知られることになったのは高校3年の6月に行われた東海大相模との練習試合だ。2ヵ月後の夏の甲子園で優勝することになるチームを相手に9回を10奪三振、2失点で完投(試合は2対2で引き分け)。全国レベルの強豪を相手に見事なピッチングを見せたことで、一躍ドラフト候補へと浮上したのだ。

筆者が実際に森下のピッチングを見たのはそれから約1ヵ月後、2015年7月16日に行われた全国高校野球選手権大分大会の2回戦、別府青山・翔青戦だ。この試合で森下は立ち上がりから相手打線を圧倒。最速148キロをマークしたストレートだけでなく、130キロを超えるカットボール、フォークに100キロ台のカーブ、チェンジアップなど高レベルの変化球も駆使した投球で3安打完封勝利をマークしたのだ。

試合自体は6回まで両チーム無得点という緊迫した展開だったが、それでも全く危なげなく最後まで一人で投げ切っている。当時のノートにも「スピードだけでなくストレートのボールの質が良い」、「どのボールでもしっかり腕が振れて変化球もレベルが高く、制球力も高い」、「しなやかな腕の振りで鞭のようにしなるという表現がピッタリ当てはまる」、「気になるのは少し右膝が折れるのと体の反りが大きいくらいで、あとは欠点らしい欠点がない」など称賛する言葉が並んでいる。もしこの時点でプロ志望でも、上位指名の可能性は高かっただろう。

ちなみに当時寄稿していた雑誌に、自分が注目する選手にインタビューするコーナーがあったが、この時は迷うことなく森下を選んだ。しかし、実際に対面で向き合った当時の森下は自身の能力とは裏腹に話す言葉に力強さはなく、自信なさげだったことを覚えている。後から聞いた話では、進路についてかなり悩んでいた時期とのことだったが、それを割引いてもおとなしそうな雰囲気に投手らしさがあまり感じられなかった。

大学4年春、リーグ戦、全日本大学野球選手権でチームを優勝に導く

結局森下は高校卒業時点ではプロ志望届を提出することなく明治大学へ進学。4年後の2019年には大学ナンバーワン右腕の座を確固たるものとし、ドラフト1位でのプロ入りを果たしている。しかし、大学の4年間は常に順風満帆だったわけではない。1年春のリーグ戦後に行われた新人戦では、試合中に右肘の疲労骨折に見舞われているのだ。実際にこの試合も現地で見ていたが、投げ終わった後にマウンド上でうずくまる姿は痛々しく、将来に対して強い不安を感じた。結局この故障も響いて、2年秋が終了した時点ではリーグ戦で2勝しかあげることはできていない。3年からはようやく主戦となったものの、この年の2シーズンはいずれも防御率3点台とそこまで目立つ成績を残すことはなかった。

ようやく本領を発揮したのは最終学年となってからで、4年春にはリーグ戦に続いて全日本大学野球選手権でもチームを優勝に導いている。この頃からプレーぶりだけでなく、報道陣に対して話す姿にも自信が感じられるようになっていた。その背景としては4年生となってチームの主将を任されたことで、責任感がより強くなり、それがプラスに働いた点もあったようだ。アマチュア時代の最後に森下の投球を見たのは2019年9月30日の対早稲田大戦。この試合で森下は1対1の同点で迎えた9回表に味方のエラーから3点を勝ち越されて負け投手となったが、自責点は0で、中一日の登板ながら最後まで疲れを見せずに投げていた姿が印象深い。それはまさにエースと呼べるものだった。

大学入学時点で高い評価を得ていながら卒業時点では全く存在感がなくなってしまう選手も少なくないが、森下は怪我という苦難を乗り越えて更にスケールアップした姿でプロ入りしている。その経験が現在の“芯”の強さに繋がっていることは間違いないだろう。アマチュアで手に入れた強さをもとに、今後も広島だけでなくセ・リーグ、そして球界のエースへと成長してくれることを期待したい。

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Norifumi Nishio
1979年、愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。

TEXT=西尾典文

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