近年、世界を旅するセレブリティや富裕層がモロッコに熱い視線を注いでいる。「ミシュランキー」や、『Condé Nast Traveler』をはじめとする名門旅行誌での継続的な評価は、その注目度を裏づけるものだ。だが、モロッコのラグジュアリーは、単なる格式や華やかさでは語れない。王宮を思わせるパレスホテルから、モロッコ特有の「リアド」と呼ばれる邸宅型の宿まで。長い時を重ねながら磨かれてきた空間そのものが、旅慣れた人々を惹きつけている。
伝説を現在形で生きる名門ホテル「ラ・マムーニア」
モロッコ屈指の華やかな古都、マラケシュ。その旧市街を囲む城壁のそばに佇む「ラ・マムーニア」は、この国のホテルを語るうえで欠かせない存在だ。世界中のトラベルマスターから「アイコンであり伝説」と語られてきたその理由は、長い歴史に安住することなく、いまの感覚を柔らかく取り込み続けている点にある。
館内に入り、まず目を奪われるのが、ロビーを飾る印象的なシャンデリアだ。2023年の100周年リニューアルで設えられたこの照明は、土地に古くから伝わる装飾品に着想を得たもの。受け継がれてきた歳月への敬意と、現代性を取り込む姿勢を物語っている。

土地の記憶は、8世紀、国王からマムーン王子に贈られた庭園に始まる。長く王家の庭として受け継がれてきたこの場所は、時代が下り、20世紀初頭に新たな役割を与えられる。そして1923年、鉄道で訪れる旅行者を迎える拠点として、わずか50室ほどの小さなホテルが誕生した。
由緒ある庭園の面影を残す広大な庭には、樹齢600年を超えるオリーブの木が立つ。この土地が歩んできた歴史を、今も静かに感じさせる風景だ。
この庭のオリーブから搾られたオイルを味わえるのが、開放的なイタリアン「リタリアン」。2025年より、パリを拠点に活躍するシェフ、シモーネ・ザノーニが監修に就任し、名門ホテルの食を、より軽やかで現代的な方向へと導いている。
そして「ラ・マムーニア」の個性を物語る場所のひとつが、「チャーチル・バー」。このホテルを「世界で最も美しい場所のひとつ」と称え、冬の間たびたび滞在していたウィンストン・チャーチルの名を冠している。豪華列車の客車を思わせる設えに、彼が好んだシャンパーニュやスピリッツが並ぶ空間には、英国的な洗練と、モロッコならではの華やかさが、ほどよく混ざり合う。
黄金の支柱を配した屋内プールとスパも、ホテルを象徴する施設のひとつ。庭の緑に面したジムで軽く汗を流し、シャワーを浴びてから館内を歩く。そうした何気ない時間さえ、このホテルでは自然に風景の一部になる。
華やかでありながら、時代に流されない。「ラ・マムーニア」は、完成された名門であることに安住せず、その伝説を現在形のまま、静かに更新し続けている。
街の記憶を受け継ぐ宿「リアド・エル・アミン・フェズ」

名門ホテルの完成された空間とは対照的に、リアド式のラグジュアリーは、ひとつの型に収まらない。「リアド」とは、中庭を中心にした住居を起源とする宿のこと。歳月を重ねた建物に人の手が加えられ、宿として磨かれてきた。その積み重ねが、空間に穏やかな気配を生んでいる。
「リアド・エル・アミン・フェズ」が佇むのは、迷宮のような旧市街で知られる古都フェズ。その建物の始まりは14世紀にまで遡る。隣接する3軒の邸宅を、2000年代に現在のオーナーが取得し、約3年をかけた大規模な修復によって再生した。
修復では、構えや装飾の異なる3軒それぞれの表情を尊重しながら、ひとつのリアドとしてまとめ上げている。ゼリージュ(タイル細工)や繊細な壁面の彫刻、手彫りの木製ドアなども、地元の熟練職人の手により、往時の技法を踏まえたかたちで整えられた。
「ホスピタリティと、自分の家にいるような寛ぎを両立させること。私たちはこれを最も大切にしています」と語るのは、総支配人のアミン・ジョハル氏。リアドを手がけてきたジョハル家の一員として、運営の中核を担ってきた。宿を単なる滞在先ではなく、街の文化を自然に感じ取れる場所と捉える姿勢は、日々のもてなしの随所ににじんでいる。
白壁とゼリージュの床に囲まれた中庭でくつろいでいると、陽の光が床のタイルをなぞり、ゆっくりと時が刻まれているのを感じる。受け継がれてきたものに宿る美しさが、この宿での滞在を、他にはない体験へと導いている。
19世紀築のリアドで過ごす静かな時間「リアド・マイラ」
フェズの旧市街、まるで迷路のような路地にひっそりと建つ「リアド・マイラ」は、邸宅に招かれたかのような感覚で過ごせるリアドだ。1890年代築の住宅を、2000年に現オーナーが取得し、5年をかけて全14室のリアドへと改修した。改修に投じられた資金は80万ドルにのぼる。
館内に足を踏み入れると、街の喧騒がふっと遠のく。ムーア建築の構造をベースに、英国アンティーク家具が控えめに配されたラウンジは、にぎやかな旧市街にありながら、外界から切り離された静けさをたたえている。

館内のバーは、このリアドの性格をよく表す空間のひとつだ。もともとは邸宅に備えられていた大きな厨房を改装したもので、彫刻が施された天井は、当時の姿をそのまま残している。
オーナーのアビー・チャブ氏はマラケシュ出身。観光大学でホスピタリティを学び、アメリカ・マイアミで31年にわたりレストラン経営などに携わってきた。モロッコへ帰国後、フェズではリアドを、マラケシュではレストランやホテルを手がけている。
彼の父はかつて、「ラ・マムーニア」のマネージャーを務めていたという。名門ホテルの現場を身近に見てきた経験と、海外で培われた感覚が、この宿の佇まいに自然と反映されているのだろう。
「リアド・マイラ」の豊かさは、空間の隅々に満ちている。長い年月を経たものだけが持つ柔らかな包容力に身を預ける時間こそが、この宿の醍醐味だ。

















