2022年もオフシーズンを迎えた日本プロ野球。セ・リーグ年間MVPを受賞したヤクルト・村上宗隆をはじめ、各タイトル受賞者が発表された。そのなかでも驚くべき"下克上"受賞を果たしたのが、育成出身の西武・水上由伸だ。そんな水上由伸がスターとなる前夜に迫る。連載「スターたちの夜明け前」とは……
投手を一時断念していた大学時代
2022年11月25日、今年のプロ野球の年間表彰式である「NPB AWARDS 2022 supported by リポビタンD」が開催された。数々のタイトル受賞者が表彰されるなかで、今年最も“下剋上”という言葉がふさわしかったのはパ・リーグの新人王に輝いた水上由伸(西武)ではないだろうか。
'20年の育成ドラフト5位という低い評価でのプロ入りながら1年目から支配下登録を勝ち取ると、2年目の今シーズンは勝ちパターンの中継ぎに定着。最終的にリーグ最多タイとなる35ホールドをマークする大活躍で、チームのクライマックスシリーズ進出にも大きく貢献したのだ。ちなみに育成ドラフト出身の選手が新人王を獲得するのはパ・リーグでは初の快挙である。
そんな水上だが、ドラフトでの評価が低かったことからも分かるように、アマチュア時代は決して有名な選手ではなく、知る人ぞ知る存在だった。更にそれだけでなく、プロ入り前に歩んできた道のりも異色である。山梨の帝京三高ではエースとして活躍していたものの、故障に悩まされた時期もあり、バッティングも非凡だったことから四国学院大進学後は外野手としてプレーしていたのだ。
しかも入学直後の1年春にはレギュラーをつかんでベストナインを受賞し、2年春には5割を超える打率を残して首位打者も獲得している。全国のなかでもそれほどレベルが高くない四国地区大学野球リーグとはいえ、いきなりこれだけの成績を残せるのは並みの選手ではない。
全日本大学野球選手権にも2年連続で出場し、1年時には2試合で7打数3安打という結果も残している。これだけ結果を残せばその後も野手で勝負しそうなものだが、3年秋に投手に再転向するといきなり140キロ台後半のスピードをマークして見せたのだ。水上の名前が関係者の間から聞かれ始めたのもこの頃からである。
投手復帰1年でプロ入り。リーグを代表する中継ぎへ
しかしプロ入りへの大事なアピールとなる4年春は新型コロナウイルス感染拡大の影響で春のリーグ戦、全日本大学野球選手権がいずれも中止。ようやくそのピッチングを多くのスカウトの前で披露できたのは'20年9月12日に行われた秋季リーグ開幕戦、対高知大戦だった。
この試合で水上は先頭打者にいきなりヒットを許したものの、自らの牽制でアウトにすると、その後は高知大打線を圧倒。最終的に7回を投げて被安打3、四死球0で無失点の好投でチームを勝利に導いたのだ。ストレートの最速は当時で自己最速となる150キロを3球マーク。中盤以降もスピードが落ちることなく、ストレートの平均球速は145.9キロとプロの先発投手でも上位となる数字を記録している。
これだけの数字を出せる投手は大学生でも貴重だが、それでも評価が低かったのは2つの理由が考えられる。1つは春のリーグ戦が中止となり、高いレベルの打者を相手にピッチングを披露する機会がなかったこと。そしてもう一つは、大学3年秋に投手に再転向したということもあって、ピッチングの細かい部分が不完全だったという点だ。
当時のノートにも「野手でのプレーがあった影響か、全体的に重心が高く見える。(中略)力を入れた時のボールは150キロ近いスピードがあり威力も十分だが、高く浮くボールも目立つ。(中略)カットボール、フォークの速い変化球は素晴らしいが、緩急を使うボールはもうひとつ」などと気になる点も残っている。
実際に秋のリーグ戦の最後の登板となった高知工科大との試合では、8回途中まで投げて被安打15、8失点と崩れている。素材の良さはあっても、安定感には欠けるというのが大学時代の水上だったのだ。
しかし投手に復帰してわずか1年ということを考えれば、相当なポテンシャルを秘めていたことは間違いない。それはプロ入り後わずか2年でリーグを代表する中継ぎ投手へと成長したことからもよく分かるだろう。
そして水上の投手人生はまだ始まったばかりでもある。来年以降、更にスケールアップした姿を見せて、日本を代表するリリーフ投手になることも十分に期待できるだろう。
Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。
■連載「スターたちの夜明け前」とは……
どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てる!