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2023.08.02

なぜ、決め球のない高津臣吾を抑えにコンバートしたのか【野村克也の適材適所論】

戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」8回目。

野村克也連載第8回/なぜ、決め球のない高津臣吾を抑えにコンバートしたのか

一塁「コンバート」で打撃開眼した頓宮裕真

今季、コンバートされて、大ブレイクしたのが頓宮裕真(オリックス)である。

これまで捕手として、山本由伸とバッテリーを組んできた。頓宮は岡山理大付高、山本は宮崎・都城高の出身。しかも、岡山県の実家が隣同士の幼なじみがプロでバッテリーを組むという珍しい仲であった。

頓宮は今季、強打の捕手・森友哉が西武からオリックスにFA移籍してきたことに伴い、一塁にコンバートされた。体重100キロを超える体型を活かした持ち前のパワフルな打撃を生かし、ペナントレース前半戦終了時点(2023年7月19日現在)で2022年に並ぶ11本塁打。打率は.318とリーグトップである。

捕手は打撃を生かして別の守備位置に変更されることが多い。内野は4つ、外野は3つのポジションがあるが、捕手は1つしかないからだ。

往年の名手・飯田哲也(ヤクルトほか)、山﨑武司(中日ほか)、小笠原道大(日本ハムほか)、和田一浩(西武ほか)、近藤健介(日本ハムほか)らもプロ入り時は捕手だった。

とくに飯田哲也は、好捕手・古田敦也が入団してきたため二塁手にコンバートされた1990年、29盗塁でレギュラーを奪取する。しかし1991年に加入した、MLBオールスター二塁手のジョニー・レイが二塁にこだわったため、センターに再コンバートされる「玉突き人事」を経験した。

しかし、以来7年連続ゴールデングラブ賞に輝くのである。当時の監督だった野村克也に「ワシが長い間プロ野球を見てきたなかで、飯田が外野守備ナンバーワンや」と言わせるほどの活躍。1993年日本シリーズ対西武第4戦、センター前ヒットで二塁走者を刺した「世紀のバックホーム」は、今でも語り草になっている。「俊足を生かした広い守備範囲」「強肩」「打球判断能力」。すべてが外野手として傑出していた。

「先発」から「抑え」。江夏豊はコンバートされたのだ 

野村克也は「投手のポジションは3つあると考えている。『先発』『中継ぎ』『抑え』や」と話す。

今季、平良海馬(西武)が2022年までの「中継ぎ」投手から「先発」投手に転向して成功している。

野村克也のマネジメントで有名なのは、江夏豊を「先発」から「抑え」にコンバートしたことだ。

肘を痛めて先発投手としては厳しくなった江夏に、抑えとして生きていくことを提案したのである。野村の口説き文句は「リリーフ投手として、日本のプロ野球界に革命を起こしてみろ!」だった。

そんな江夏の、今でも語られる伝説の一戦がある。1979年に日本シリーズ広島対近鉄の1点リードで迎えた9回、日本一決定を目前にヒットと連続四球で無死満塁のピンチを自ら招くが、無失点で切り抜けた「江夏の21球」。

この激闘を見て胸を躍らせていた広島在住の野球少年は、14年後の1993年に日本一の守護神として、ガッツポーズを天に突き上げた。ヤクルトの現監督、高津臣吾である。

前年の1992年、セ・リーグを制覇した「野村ヤクルト」は、日本シリーズで西武と激突した。岡林洋一が第1戦・第4戦・第7戦と3試合完投の孤軍奮闘の投球。しかし、裏を返せば「抑え投手不在」だったのである。

当時のセ・リーグは、与田剛(中日)、大野豊(広島)、佐々木主浩(横浜=現・DeNA)、石毛博史(巨人)ら「抑え投手」は、「150キロ近い快速球」と「フォークボール」の武器があった。チームメイトには「なぜ高津を?」と思う選手もいた。しかし、西武は鹿取義隆、潮崎哲也のサイドスローのダブルストッパーだったのである。

野村は高津に「潮崎哲也の、あのふわりと落ちるシンカーを覚えられないか」と言った。「150キロ近い快速球」がなくても、フォークボールに代わる「シンカー」を持てば、高津には抑え投手に必要な「コントロール」と「マウンド度胸」がある。抑え投手としての「適材適所」を野村は見抜いていたのだ。

高津は日米通算313セーブを達成。2003年オフに日本プロ野球名球会の入会規定に「通算250セーブ」が加えられてからも、達成したのはいまだに佐々木主浩、高津、岩瀬仁紀(中日)の、わずか3人しかいない偉業である。

コンバート(人事異動)で「適材適所」を探る

野村は語った。「コンバートは、一般社会で言うならば社内での『人事異動』だ。何のために会社に人事部があるかといえば、人材活用のためだ。人事異動で『適材適所』を探るのだ。長所を生かすための適材適所は、本人の才能に勝るのである」。

プロ野球にしても企業にしても、コンバートの効用は長い歴史が物語っている。

例えば野球の場合、簡単にいえば三塁手が一塁を守れば、「送球はワンバウンドではなく、捕りやすいところに投げなくてはならない」と気づく。相手の身になってプレーするようになる。複数ポジションを守れれば、出場機会が増える。

企業の場合、希望以外の部署で仕事のやり方を覚えれば、希望部署に配属されたときに活かすことができる。ただ、新入社員をいきなり希望部署に配属しないほうがよいかもしれない。希望部署に配属されたことに満足して努力を怠ることがあるからだ。

まとめ
コンバート(人事異動)は、「適材適所」を探るため。芳しくなければ、元に戻せばいいだけのことだ。本人は気づいていないかもしれないが、本人にとって現状より、もっといい働き場所があるかもしれない。

著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。

TEXT=中街秀正

PHOTOGRAPH=毎日新聞社/アフロ

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