戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」33回目。
心から愛したサッチーを追うように逝った
野村克也が亡くなってから、早や4年の歳月が流れた。2020年2月11日未明、自宅で入浴中に浴槽でぐったりしているところを家政婦が発見。病院に搬送されたが、死亡が確認された。享年84歳。
それは、筆者がまさに野村と江本孟紀氏との共著を制作している最中の出来事だった。その対談で、高木守道氏(2020年1月17日没、享年78歳)、金田正一氏(2019年10月6日没、享年86歳)、野村沙知代氏(2017年12月8日没、享年85歳)への言及があった。
「高木もカネやん(金田)も亡くなっちゃったな。特にカネやんは不死身だと思っていたよ」
「それはサッチーだってそうですよ。ノムさんも不死身ですね。怪物ですね(笑)」
「サッチーがワシより先に逝くとは思わなかったよ」
思えば、沙知代夫人の葬儀直後、こちらから仕事延期のお伺いをたてると、マネージャーから「予定通りやります」の返答。気を紛らす意図もあったらしい。野村は表面上は平静を装っていたが、どこか寂しげだった。あるとき、野村が筆者にこう言った。
「おい、ワシは成功者と言えるのかのう」
「え? テスト生から三冠王、日本一の監督になった野村監督が成功者でなくて、誰を成功者と言うのですか」
「そうかのう。そうだよなあ」
夫人の死後、2年2ヵ月で野村は旅立った。
日本野球界における野村克也の功績
野村は戦後初の三冠王獲得などの傑出した成績を残し、他にも投手の「クイックモーション」の考案や、三塁走者の一か八かの「ギャンブルスタート」をはじめとする多くの技術・作戦を編みだしてきた。
そういった側面以外に、日本野球界における野村の功績は大きく分けて3つあると、筆者は思う。
まず、野球というスポーツを言語化し、体系化したことだ。
例えば、
・ボール-ストライクのカウントは12種類あって、そのうち「投手有利は5種類」
・走者有り無しの状況は24通りあって、「一、三塁の攻防が難しい」
といった具合。
口にしてみれば「当たり前だ」と思うかもしれないが、それを言語化し、戦略として活用した人はかつていなかった。野球で確率が高い事象をまとめたセオリーを体系化したのが『野村ノート』などの書籍なのだ。
次に、セカンドキャリアの大切さを説いたこと。
なかなか結果の出ない選手には自分の長所に特化したスペシャリストとして生きることを勧め、また、「プロ野球生活より引退してからの第二の人生のほうが長いのだから、野球人である前に一社会人であれ」とミーティングで選手たちに説いた。
「野村再生工場」とはすなわち、「プロ野球界」におけるセカンドキャリアと、「一般社会に出てから」のセカンドキャリアのふたつを意味するのだ。
財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上とする
野村はたびたび、「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上とする」という、明治時代の政治家・後藤新平の言葉を引用した。
「人を遺したこと」。これが野村の功績の3つ目だ。
下記は野村が指導し、後に監督となった「野村チルドレン」の一例である(カッコ内は監督を務めた球団)。
・古田敦也(ヤクルト)
2006年、野村以来29年ぶりのプレーイングマネージャー就任
・高津臣吾(ヤクルト)
2021年、ヤクルトを20年ぶりの日本一に導く
・真中満(ヤクルト)
監督1年目の2015年にリーグ優勝
・矢野燿大(阪神)
2019年に監督に就任し、4年連続でAクラス入り
・渡辺久信(西武)
2008年、監督1年目で日本一
・辻発彦(西武)
2018年と2019年、監督としてリーグ連覇
・石井一久(楽天)
2021年に球団取締役GM兼監督に就任
・稲葉篤紀(日本代表)
2021年、東京五輪で金メダルを獲得
・栗山英樹(日本ハム/日本代表)
2016年に日本ハムで日本一、2023年にWBCで世界一
・新庄剛志(日本ハム)
2022年に日本ハム監督就任
・吉井理人(ロッテ)
2023年にロッテ監督就任
野村の戒名は「慈光院眞球克将居士」。「野村克也をしのぶ会」において、弔辞は江本孟紀、古田敦也、高津臣吾が読んだ。コロナの流行により約1年延期された同会は、2021年12月11日、ヤクルトが日本一に輝いた年のオフに開催された。
会場となった神宮球場には野村チルドレンをはじめ、かつてのライバルたちや多くの関係者が集結。雲ひとつない、真っ青な空だった。
まとめ
野村の功績は、野球の成績や技術や作戦はもちろん、野球の言語化、セカンドキャリア、有能な人材育成など多岐にわたる。その教えは、「野村が遺した人たち」によって、後世に語り継がれていく。
著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。