戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」19回目。
先手必勝。期待の表れか、論功行賞的か
下記が、どういう選手か分かる人は、そこそこの「野球通」だ。
まず、小島和哉(ロッテ)、山下舜平大(オリックス)、加藤貴之(日本ハム)、大関友久 (ソフトバンク)。
次に、田中将大(楽天)、髙橋光成(西武)、小川泰弘(ヤクルト)、大瀬良大地(広島)、 小笠原慎之介(中日)、石田健大(DeNA)、青柳晃洋(阪神)、タイラー・ビーディ(巨人)。
そう、2023年の開幕投手だ。上段は「今年の期待を込めて」の初の開幕投手。そして下段は「これまでの実績を鑑みた」開幕投手だ(青柳は2022年コロナ感染のため初。ビーディは右ヒジ痛の菅野智之の代役)。
「開幕投手=エース・チームの顔・ステータス」と考えていい。「この1年間はこの投手を中心に戦っていきます」という意思をチーム内外に示すことになる。
現在のプロ野球はペナントレース143 試合を6人の先発投手で回すローテーションがある。単純計算なら24 試合だが、途中にセ・パ交流戦やオールスターゲームが挟まるので若干変動し、エースは28試合前後先発することになる(今季は開幕前に WBC があった関係で、24試合前後)。
勝負事は先手必勝。相手チームも「エース」が投げてくるわけだから、相手エースを倒し、 味方エースで開幕戦を勝てば、チームは弾みをつけられる。ほとんどのチームが6人で回すので、以降も同じ顔合わせになることが多い。
小島は、2018 年ドラフト3位左腕。2021 年に2ケタ勝利を挙げたが、2022 年は3勝に終わった5年目。今季は2度目の10勝をマークした。
山下は、山本由伸と宮城大弥が WBCに出場したこともあって大抜擢。2020年ドラフト1位の高卒3年目右腕。しかも一軍未登板。みごと9勝を挙げた。
加藤は2015年ドラフト2位左腕。8年目にして大役をつかみ取った。2022年最終戦で新庄剛志監督がどこよりも早く「開幕投手」を表明して周囲を驚かせた。9イニング平均与四球率が 2022年は0.67個、2023年は0.88個と、現日本球界でもっともコントロールがいい。最高成績が2022年の8勝で、今季は7勝を記録している。
大関は2019年育成ドラフト2位からのし上がった左腕。6勝をマークした 2022年は途中、精巣腫瘍の摘出手術を受ける。エース・千賀滉大が抜けたなか、今季5勝。
プロ野球投手誰もが憧れる「ステータス」において1年間仕事をしたことで、みな責任を持って、それなりの成果を残したと言える。
新庄剛志を一流にしたのは「打順4番」という地位
1999 年、野村は阪神監督に就任した。1985年の日本一以来、阪神は13年間でAクラス2回、 残りは最下位7回を含むBクラス11回だった。
1998年までヤクルト監督を務め、大人気を誇る新庄剛志(現・日本ハム監督)が、よきにつけ悪しきにつけ、阪神の中心だということを野村は理解していた。
しかし、成績は今一歩だ。 1999年は新庄に「投手の気持ちを打者に活かせるように」とキャンプで「投打二刀流」を試させた。そして就任2年目の2000年を迎えた。
「新庄、お前は何番を打ちたいんだ」
「それは4番ですよ」
「地位が人を育てる」とはよく言ったもので、人はその役にふさわしい人物になろうと努力するものだ。その年の新庄は打率・278、28 本塁打、85 打点とキャリアハイ、チーム三冠王の数字をマークした。
FA権を取得した新庄は、イチローと時を同じくして、2001年から日本人野手初めてのメジャー入りを果たす。翌2002年は日本人初のワールドシリーズを経験。
2004年に帰国、日本ハム入りして、パ・リーグ人気を盛り上げ、2006年日本一を経験して引退。日米通算17年1714試合1524安打、打率.252、225 本塁打、816 打点、ゴールデングラブ賞10回。超一流とは言えないまでも、間違いなく一流の域である。
やはり、あの「4番打者」が始まりだった。
単なる1試合ではない。開幕はその後につながる
野手の「開幕スタメン」も、「開幕投手」同様、ひとつの「地位・誇り」といえる。 野村いわく「開幕は単なる130分の1ではない」(当時のペナントレースは 130 試合。現在は 143 試合)。
2022年、監督就任1年目の新庄は「優勝しなくてもいい」と語り、1年かけて選手の力量を見極めた。
2023年プロ2年目の2番・上川畑大悟遊撃手、6年目の5番・清宮幸太郎一塁手、5年目の7番・万波中正右翼手、3年目の9番・五十幡亮汰中堅手の4選手に初の「開幕スタメン」の座を与えた。
上川畑は80試合から108試合と出場数を増やした。清宮は 18本塁打から10本塁打に減少したが、三振も113個から69 個に減らした。万波の141 安打、25本塁打、74打点はチームトップ。五十幡の17盗塁もチームトップ。清宮以外は一定の進境を見せた。
2022年は終始最下位に甘んじた日本ハムだが、2023年は最終的に最下位とはいえ、5月・6月は4位浮上、8月も5位浮上と、意地を見せた。
オリックスもヤクルトも2年連続最下位からの連覇(ヤクルト2連覇、オリックス3連覇)を成し遂げている。2024年の「新庄・日本ハム」に大いに期待したい。
まとめ
人はその役にふさわしい人物になろうと、背伸びしてでも努力するものだ。「成長してもらいたい」と思う人間には、少し上のポストを用意してみると、成長が見られる。
著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。