戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」29回目。
指導者は気づかせ屋
生涯一捕手を貫きながら、戦後初の三冠王に輝くなど、抜きん出た打者でもあった野村克也。現役時代、数多くの多くのタイトルを獲得した野村だが、打撃の直接指導は意外なほどしなかった。
「最後の4割打者テッド・ウイリアムス(レッドソックス/1941年に打率.406を記録)の言葉を借りれば、スポーツで一番難しいのは野球の打撃だ」
こう野村が言うのは、あれこれ細かいことを指導しようとしてもやはり個人差があって、指導が万人に合致するわけではないからだ。
例えば、松井秀喜(巨人→ヤンキースほか)は、後ろ側の足を回転させて打つ、軸回転打法。イチロー(オリックス→マリナーズほか)は、後ろ側の足から前側の足に体重移動させて打つ打法。
バットを構えてボールを打つというシンプルな動作であり、選手によって打撃フォームはさまざまに見えるが、打法は大別して2種類だ。ちなみに野村は松井と同じ軸回転打法だった。
また、細かく指導すれば、選手は「監督に教わったとおりに打ったのに、ヒットは打てなかった」と責任転嫁するものだ。
「野球は基本があって応用がある。考え方や技術の基本は教え込む。それ以上の技術習得は自分で応用して苦労して覚えなければ、本当の意味で身につかない」
「コーチ」「指導者」という肩書きが付くと、給料をもらっている分、どうしてもあれこれ教えないといけないと思い込んでしまう。
自分の経験や実績を押し売りして、満足するのは簡単だ。むしろ教えることを我慢して、選手が教えを仰いできたときにピンポイントで指導をするほうが、真綿が水を吸うように、技術を選手に落とし込める。
軸足回転打法だった野村が、選手に伝える「基本」3要素は決まっていた。
■頭の位置を動かさないで、後ろの足と前の足の重心バランスは7対3
■肩を回転させないようにして、腰を中心に回転させてスイングする
■バットのヘッドを下げない
「あとは、いろいろ自分で試してごらん」
野村は「監督は、指導者は気づかせ屋なんだよ」とも言った。
野村克也の“狙い球10か条”
野村ミーティングで教える「基本的な考え方」として“狙い球10か条”がある。いくつかを抜粋して紹介する。
■投手のクセを探せ
■カウント0B-2S、1S-3Bなど、いわゆる「バッティングカウント」で、投手がカウントを稼ぎたいときのカウント球を狙う
■初球
■投手がクビを振った次に来るだろうウイニングショットを狙う
など
例えば一つ目の「クセ」。
野村は現役時代、「鉄腕」稲尾和久の球をまったく打てなかった。8ミリビデオを撮って研究したところ、稲尾が振りかぶったとき、「グラブから白いボールが見えたときはスライダー」というクセを見つけ、稲尾を攻略した。
「カウント球を狙う」は、広島から野村・ヤクルトに移籍したばかりの1997年の開幕戦での小早川毅彦がわかりやすいだろう。
相手先発は「4年連続開幕戦完封勝利」を狙う斎藤雅樹(巨人)。カウント3B―1Sになると、左打者に対して外角ボールゾーンからストライクに入ってくるスライダーをヤクルトはわかっていた。この球を狙った小早川は見事に1試合3本塁打。開幕戦で弾みをつけたチームは、ビクトリーロードをひた走った。
「初球」は、野村が楽天監督時代、2007年の山﨑武司(楽天)を例に挙げる。山﨑は和田毅(ソフトバンク)を苦手としていた。
「武司よ。いつも初球外角スライダーにやられている。ダメ元でそれを狙ってみたらどうだい?」
野村のアドバイスどおり「初球」を狙った山﨑はこの試合で和田から2本塁打。「野村信者」となった。和田はショックで、スポーツ紙記者をとおして、「いつも打たない初球スライダーをなぜ振ったのか」を聞いてきたそうだ。
野村克也流「配球」
当たり前のことだが、野村は打者にも投手にも「ボール・ストライクのカウントは、12種類ある」と話した。
「野球の基本中の基本」だが、改めて言われると、「そういえば、そうだよな」と思う選手がほとんどだと思う。それぞれに投手心理、打者心理が働き、1球が勝敗を分けるからだ。
0―0からフルカウントまで12種類のカウントがあり、●付きが「投手有利」であり、バッテリーはこのカウントに持っていこうとする。
【0ボール】
0ストライク、1ストライク●、2ストライク●
【1ボール】
0ストライク、1ストライク●、2ストライク●
【2ボール】
0ストライク、1ストライク、2ストライク●
【3ボール】
0ストライク、1ストライク、2ストライク
野村克也流の配球は「打者に1つの球種を意識させておいて、もう1つの球種への意識を稀薄にさせて打ち取る」ことにある。
それは「ワンペア」単位で成り立ち、4ペアある。「内角と外角」「高めと低め」「遅い球と速い球(緩急)」「ボールとストライク」だ。
それゆえ野村時代のヤクルトのスカウトが、アマチュア投手のどこに注目していたかと言えば「右投手はストレートとフォークボール」、左投手は「スライダーとシュート(シンカー)」のコンビネーションだ。
ヤクルト監督時代、川崎憲次郎にシュートを覚えることを勧めた。「外角低めストレートと内角シュート」でペアになる。1990年と1998年の成績を比べてみる。
【1990年】
29試合・12勝13敗・202イニング・194被安打・154三振・防御率4.05(17位)
【1998年】
29試合・17勝10敗・204イニング・195被安打・94三振・防御率3.04(8位)
両年とも同じような投球回だが、奪三振が減ったのに、打たせて取る投球で防御率が劇的に向上。川崎にとって1998年はキャリアハイ。最多勝のタイトルを獲得し、投手最高の栄誉「沢村賞」も受賞した。
また、野村は上原浩治(巨人)を絶賛していた。
「『外角低めストライクのストレートと内角ボール球』『低めから落ちるフォークボールと高めボール球ストレート』の2ペアのコンビネーションが絶妙だ。だから、あんなに勝てる」
まとめ
指導者という肩書きが付くと、どうしても細々と教えないといけないと思い込む人が多い。しかし、それでは本人のためにならない。苦労して覚えてこそ本当に身につく。基本だけ教えてあとは見守り、ここぞのときにアドバイスできるのが、「いい指導者」なのである。
著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。