戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」9回目。
ライナーを捕られても三振でも、ワンアウトに代わりなし
中日、オリックス、楽天とセ・パ3球団を渡り歩き、2249試合出場、403本塁打を誇る山﨑武司。楽天時代の山﨑に訊いた。「楽天2年目の2006年から5年連続100三振。でも、本塁打も打点もすごくいい成績になっていますね」。
すると、「そうなんです。オヤジ(野村克也)のおかげですよ」と、山﨑は相好を崩した。
「タケシ、お前、三振することを恐れていないか。何でや?」(野村)
「2ストライクに追い込まれても、ゴロを転がせば、相手がエラーするかもしれません」(山﨑)
「ワシはタケシにそんなことを求めていないよ。三振すればいいじゃないか。いくらでも三振しろよ」(野村)
山﨑は中日時代、三振をすると、当時の星野仙一監督に使ってもらえなくなったそうだ。中日時代に「シーズン95三振以上」が実に4度もある。うち一度は99個だ。
「強烈なライナーを打っても捕られればワンアウト。三振してもワンアウト。ワンアウトに違いはない。ならば割り切れよ」(野村)
「そういうものですかね」(山﨑)
「ただ三振したときは、なぜ三振したかを考えろ。考えて準備して、次を頑張れ。それで失敗してもまた考えて、次も頑張れ。それでもダメだったら……、潔く辞めればいいだろ」(野村)
山﨑は「考え方」を変えた。
通算成績はプロ野球史上20位となる403本塁打。中日・オリックスの最初の18年間で211本だったが、楽天の7年間で191本(最後の中日2年間で1本)を放った。「山﨑の兄と弟というくらい、別人がプレーしていた感じです」と山﨑は笑った。
変わらないなら、何かを変える。新たな「学び直し」
野村克也は監督時代、選手にこう話していた。
「これまでずっと自分なりに同じように努力しても結果が変わらなかったのだから、まず自分の何かを変えてみないか。手近なところから。バットを変えてみたらどうだ?」
かつて近大時代に有藤通世(ロッテ)と三遊間を組んだ藤原満(南海=現・ソフトバンク)にも野村は言った。
「グリップも先端も太いバットを使ってみろよ」
藤原はこのバットを使い、ヒッティングマーチを奏で始め、レギュラーをつかむ。
その後、このいわゆる「ツチノコバット」は、福本豊(阪急=現・オリックス)、大石大二郎(近鉄)、赤星憲広(阪神)ら、小柄な打者が伝統的に使うようになる。振り切るより、投球にバットを当てて、内野手の間を抜く安打を狙うのである。
バットを変えることは、心機一転という精神的な影響はもちろん、技術的にも重要なことだ。最適な道具を使用するで、能力開花のきっかけになる。
何より、アドバイスを柔軟に受け入れて新たなことを学ぶことが、最初の「意識改革」なのだ。現代風に表現するなら「リカレント教育」。「学び直し」といえるかもしれない。
変わることには勇気が必要だ。
10勝の投手が何かを変えれば15勝できるかもしれない。打率2割8分の打者が何かを変えれば3割に届くかもしれない。
しかし、変えることによって、失敗して今より悪くなる危険性もはらんでいる。だからこそ「変わる勇気が必要」なのだ。
野村ヤクルト時代、神宮クラブハウスには、「インドのヒンドゥー教の教え」が額縁に入れて掛かっていた。
「心が変われば態度が変わる。態度が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。運命が変われば人生が変わる」
マー君を大投手へと成長させた「意識改革」
田中将大(楽天)は、高卒プロ1年目、いきなり11勝を挙げた。
「マー君、2年目の目標は何だ?」(野村)
「ストレートで空振りの三振を取りたいです」(田中)
2年目の結果は9勝。野村は言った。
「私は27年間、打者をマスク越しに見てきた。専任監督としても16年間、捕手目線でプロ野球を見た。投手には『スピード』より『コントロール』が大事だ。断言する」
コントロールとは換言すれば、「投球フォームのバランス」なのだ。ところが、球のスピードを上げたいと思うと、力みにつながって、投球フォームを崩す。悪循環に陥るのだ。
「マー君、3年目だ。150キロ速球と、130キロ外角低め。どちらが打たれづらい?」(野村)
「外角低め、130キロです」(田中)
「わかってくれたか」(野村)
3年目、「意識改革」をした田中は15勝を挙げ、飛躍を遂げるのである。
「9イニング平均与四球」が2個以内なら、「抜群のコントロール」と言っていい。ちなみに今季ブレイク、前半戦に7勝した大竹耕太郎(阪神)の「9イニング平均与四球率」は0.74個、前半戦6勝を挙げた村上頌樹(阪神)は0.83個である。
まとめ
野村は現役時代、本塁打を打った打者でも、突然打てなくなることが不思議だった。あるとき気づいた。「殴ったほうは忘れていても、殴られたほうは覚えている」。常に相手は研究してくる。だから、こちらも「自ら変わる」ことが必要であり、常に学び直すことは大事なのである。