甲子園が開場して100周年を迎える2023年。今年も球児たちの夏が到来した。
40歳・仙台育英の名将、明確な評価基準で健全な競争を生む
2023年8月6日に開幕する夏の甲子園。
地方大会では春の選抜で優勝の山梨学院、準優勝の報徳学園、さらには近年圧倒的な強さを誇っている大阪桐蔭など強豪が相次いで敗れており、改めて勝ち続けることの難しさを感じさせた。
そんななかで最注目のチームといえば、夏の甲子園連覇がかかる仙台育英になるだろう。
2022年夏は東北勢の悲願と言える“大旗の白河越え”を達成。2023年春の選抜も準々決勝で報徳学園に敗れたものの延長10回タイブレークの接戦を演じている。2022年の優勝を経験したメンバーも多く残っており、総合力では2023年も優勝候補の一角に挙がることは間違いない。
そしてそのチームを指導するのが須江航監督だ。
監督就任前には系列の仙台育英秀光中学校でも全国大会優勝を達成しており、2023年で40歳という若さながら早くも名将の呼び声が高い。
2022年夏の甲子園優勝時にインタビューで語った「青春ってすごく密なので」という言葉は新語・流行語大賞の選考委員特別賞を受賞して話題にもなった。
そんな須江監督の指導者としてのすごさはもちろん一つではないが、なかでも突出していると感じさせるのがプレーする選手に対する納得感ではないだろうか。
多くの部員を抱えるチームにあって、メンバーを選考することは簡単なことではないが、仙台育英では投手も野手もあらゆる指標においてメンバー入りする基準を設けており、それをクリアした選手がレギュラー、ベンチ入りする仕組みになっているのだ。
選手からすればメンバー入りするために必要な基準が明確なため、選考に対する納得感は強くなる。また総合力ではメンバー入りが難しい選手が出てきた場合には、一芸を伸ばして代打、代走、守備などのスペシャリストを目指すことを提案することもあるという。
大事にしているのは選手に対して選考の対象に確かに入っていたと感じさせることであり、そうすることでメンバー入りを逃した選手もチームにとって必要とされていたと感じ、チームの一体感も生まれることになる。
須江監督自身は現役時代、メンバー入りすることができずに学生コーチとなった経験を持つ。そういった経験がチーム方針のバックグラウンドになっているのだ。
明確な基準を設けて選手が納得感を持ってプレーし、チーム内に健全な競争が生まれる。それが仙台育英の強さにつながっているのだろう。
花巻東・佐々木監督「異業種から学び、選手の能力を伸ばす」
一方、今大会に出場する選手で最も注目を集めているのが花巻東の佐々木麟太郎だ。
入学直後からホームランを量産し、岩手大会終了時点で高校通算本塁打は140本を数える。ちなみにこれまでの歴代最多が清宮幸太郎(早稲田実→日本ハム)の111本。高校通算本塁打は練習試合の数や相手チームのレベルに大きく左右されるためあくまで参考程度の数字ではあるが、長打力は圧倒的なものがあり、遠くへ飛ばすことに関しては高校野球の歴史の中でもナンバーワンといえるだろう。
そんな佐々木を指導しているのが父でもある佐々木洋監督だ。これまでも菊池雄星(ブルージェイズ)、大谷翔平(エンゼルス)など多くの名選手を輩出しており、甲子園でも優勝こそないものの準優勝1回、準決勝進出2回という実績を残している。
そして佐々木監督の指導者としての特徴は常識にとらわれないということだ。
かつての東北の高校野球は大阪などの関西圏から進学してきた選手を多く抱えているチームが結果を残しており、選手の能力の差が大きいと思われていたが、菊池が出てきたことによってその考え方は大きく変わった。
雪が多いなどの地理的なハンディキャップを言い訳に、選手の能力を伸ばすことを諦めていた部分が大きかったのだ。そのため佐々木監督は高校野球で結果を残した指導者などではなく、異業種から多くを学び、選手の才能を伸ばすことができるようになったという。
大谷も高校時代に使っていたことで有名になった“マンダラチャート”と呼ばれる目標設定シートもその一つだ。これは9×9の81マスから成り、中心に目標を書いて、それに必要な要素を8個周りのマスに書き出し、その8個の要素をさらに8個に細分化してやるべきことを具体化するというものである。
このシートはもともと野球界で使われていたものではなく、経営コンサルタントの松村寧雄氏が発案したものなのだ。このようにあらゆる業界から得た知識、手法を選手育成に生かしている指導者はなかなかいない。
菊池や大谷などのスーパースターに脚光が当たることが多いが、2013年夏には156㎝の千葉翔太がファウルで徹底的に粘る“カット打法”で結果を残している。最終的にこの打撃は大会中に高野連から注意を受けることになったが、低い身長を言い訳にせず、それを逆に生かして四球をもぎとる打撃を身につけたことは称賛に値するもので、それも佐々木監督の指導があったからだろう。
長男である佐々木麟太郎の打撃もメジャー・リーガーに似たスタイルであり、日本の高校野球ではあまり見ない打ち方だが、それでも圧倒的な結果を残している。その佐々木麟太郎が高校生活最後の甲子園でも規格外のアーチを見せてくれることを期待したい。
60歳にして成功体験を捨てた愛工大名電・倉野監督
最後に紹介したいのが60歳を過ぎて指導者として全盛期を迎えている印象のある愛工大名電の倉野光生監督だ。
2004年選抜では準優勝、2005年選抜では優勝を果たし、堂上直倫(中日)、東克樹(DeNA)など多くのプロ野球選手も輩出している。
しかし夏の甲子園に限っては2013年まで7度出場しながらすべて初戦敗退とまったく結果を残すことができていなかったのだ。その大きな原因の一つは戦い方にあった。
2004年、2005年と選抜で結果を残した当時のチームは徹底的にバントを用いる作戦で、中にはバントの成功率を上げるためにあえて木製バットを使用していた選手もいるほどだったのだ。
新チーム結成直後の秋や春の選抜ではチームとしての完成度が低いため、バントなどの小技から崩れるケースも多い。しかし夏になるとそのようなミスは少なくなり、小技だけでは相手を攻略できないケースが増えるのだ。
そういった経緯もあって近年の愛工大名電は露骨にバントをするケースは減り、2018年に倉野監督は夏の甲子園初勝利をマーク。2022年夏はベスト8にも進出し、2023年は夏の愛知大会3連覇も達成したのだ。
2018年の西愛知大会のスコアを見ても、7試合すべてで5点以上をたたき出しており、かつての“バントの名電”という印象は完全に払しょくされている。また夏の甲子園初勝利に満足することなく、2022年からは投手も野手も最新の測定機器を使ってパフォーマンスを可視化し、レベルアップを図っているという。
春の選抜では優勝するなど一度成功したやり方を60歳になってから捨てるというのはかなり勇気がいったはずだが、それでも新たなやり方で結果を残したというのは見事という他ない。
2023年のチームも打撃だけでなく複数の力のある投手や優れた守備力を発揮し、高い完成度を誇っている。春に続いて夏の優勝監督となる可能性も十分にあるだろう。
須江監督は時代に合わせた指導、佐々木監督は常識にとらわれないやり方、倉野監督は成功体験を捨てて新たなやり方にチャレンジし、それぞれ結果を残している。こういった手法はビジネスパーソンにも学べる部分は多いはずだ。夏の甲子園でもこの3チーム、3人の監督の戦い方にぜひ注目してもらいたい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。