戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」22回目。
捕手・坂本、森、若月の日本シリーズ2023の「この1球」
2023年の日本シリーズは面白かった。
野球評論家は日本シリーズにおいて両チームに忖度したり、自らの予想が外れることを恐れて、以下のように話すことがほとんどだった。
「4勝3敗で〇〇の日本一。でも力は拮抗していて、▲▲の4勝3敗になるかもしれません」
しかし近年、「4勝3敗」シリーズは存在せず、今回は2013年の楽天(監督・星野仙一)vs巨人(監督原辰徳)以来、実に10年ぶりだった(ちなみに日本一は楽天)。
なかでも阪神の坂本誠志郎捕手、オリックスの若月健矢捕手、森友哉捕手の好リードは見ごたえがあった。
両チームとも、先発投手―中継ぎ投手―抑え投手の「勝利の方程式」が確立されていただけに、その持ち味を引き出すのは捕手のリードがあってこそだからだ。
日本シリーズ2023
オリックス 3勝 vs 4勝 阪神
第1戦 ●オリックス 0-8 阪神◯
第2戦 ◯オリックス 8-0 阪神●
第3戦 ◯オリックス 5-4 阪神●
第4戦 ●オリックス 3-4 阪神◯
第5戦 ●オリックス 2-6 阪神◯
第6戦 ◯オリックス 5-1 阪神●
第7戦 ●オリックス 1-7 阪神◯
阪神は第2戦で長坂拳弥捕手が途中出場した以外は、すべて坂本がマスクをかぶった。
正捕手・梅野隆太郎の戦列離脱後、坂本はペナントレースで84試合に出場し、「陰のMVP」との評価も高い。
過去3度ゴールデングラブ賞を受賞している梅野は2023年8月13日のヤクルト戦の死球で左手尺骨を骨折し、今季は72試合出場に終わった。
一方のオリックスは、昨年(2022年)まで捕手3人制を敷いていた。
若月健矢のほか、今季は頓宮裕真が一塁手にコンバートされて首位打者を獲得。伏見寅威は日本ハムにFA移籍。今季は西武から森がFA加入。
日本シリーズは第1・3・5・6戦に若月がスタメン出場、第2・4・7戦は森がスタメン出場と、ほぼ交互にマスクをかぶった。
“勝敗を左右した1球”となると、以下だろう。
第7戦、阪神のノイジーが宮城大弥のチェンジアップを捉え、値千金の先制3ランを放った。第2戦では同じ宮城からのチェンジアップを空振り三振していた。捕手はいずれも森だった。
第5戦、阪神の森下翔太は0-2の8回、宇田川優希の低めのストレートを捉え逆転2点三塁打。打たれた若月は森下をマークし、翌第6戦ではフォークで3打席連続三振に封じ込めた。
坂本のリードで言えば、第4戦3-3の8回、左脇腹痛などから139日ぶりに復帰した湯浅京己が二死一・三塁のピンチで中川圭太を149キロのストレートで抑えた。
自信を取り戻した湯浅は、翌第5戦は勝利投手となっている。
野球は9回二死から。勝負は下駄を履くまでわからない
野村はよく言っていた。
「日本シリーズは捕手のためにあると言っていい。1球の重みが全然違う。経験すると捕手のリードはガラッと変わる」
自身は1959年、1961年、1964年、1965年、1966年、1973年と計6度の日本シリーズを経験している。
なかでも1961年の「1球」を悔やんでいた。
日本シリーズ対巨人戦、南海(現・ソフトバンク)の1勝2敗で迎えた第4戦の9回二死。
あと1球で勝利というところでジョー・スタンカにカウント1ボール2ストライクから、真ん中低めにチェンジアップのサインを出した。
いいコースに決まり、「やった、勝った!」と思った捕手・野村は一瞬、腰を浮かした。
「ボール!」。円城寺満球審の判定は変わらない。エンディ宮本(宮本 敏雄)に逆転サヨナラ打を浴び、この敗戦が響いて南海は2勝4敗で巨人の後塵を拝すのである。
「野球は9回二死から。勝負は下駄を履くまでわからない。身をもって感じたよ」
「この1球」を野村は教え子に伝えてきた。
古田敦也(ヤクルト)は1992年(西武戦)、1993年(西武戦)、1995年(オリックス戦)、1997年(西武戦)、2001年(近鉄戦)と計5度の日本シリーズに出場。
特に1992年と1993年、森祇晶の教え子である伊東勤との「捕手対決」は見ごたえがあった。
野村は「2人も好捕手に間違いないが、古田のほうが内角をうまく使う」と評していた。
矢野燿大(阪神)は2003年(ダイエー、現・ソフトバンク戦)、2005年(ロッテ戦)の日本シリーズに出場。
「野村監督は僕を捕手として大きく成長させてくれた。配球のために、考える。感じる。根拠を持つ。準備する。結果として『根拠のあるサイン』を出すのです」と矢野は感謝の言葉を並べた。
嶋基宏(楽天)は2013年(巨人戦)に出場して、球団を創設以来初の日本一に導いている。
「嶋には『困ったら外角低目』と伝えてきたが、日本シリーズを経て、内角を巧みに使えるようになった」と野村は評価していた。
日本シリーズを経験した好捕手たちの配球論
野村自身の配球論とは「1つを意識させておいて、それ以外の意識を希薄にさせること」にある。それは「1ペア単位」で成り立ち、具体的には内外角、高低、左右、緩急だ。
谷繁元信(横浜→中日)は計6度の日本シリーズに出場している。谷繁の配球論はこうだ。
「1番打率の低いエリア(例えば外角低め)の確率をさらに下げるために、(周囲の)ほかのエリアに投げさせる。ほかの球種を投げさせる」
村田真一(巨人)は計4度の日本シリーズ出場を果たした。
村田の配球論は「1巡目は慎重に、2巡目は大胆に、3巡目はまた慎重に。困ったときは投手の1番いい球」。
2023年、日本シリーズ初出場を果たした坂本誠志郎と森友哉。2024年以降のさらなる飛躍が楽しみである。
まとめ
基本的に最大7戦の短期決戦の日本シリーズ。143試合あるペナントレースとは違い、「1球」で戦局がガラリと変わってしまうこともあり、無責任なサインは出せない。野球に限らず、真剣勝負の檜舞台を経験すると、人間は大いに飛躍する。
著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。