戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」14回目。
今季、ドラフト下位・育成選手の奮闘
セ・パ両リーグの「打撃成績」「投手成績」(2023年9月9日現在)から、「ドラフト5位以下、または育成選手」で規定打席到達、規定投球回到達の、奮闘している選手を挙げる。
セ・リーグは、首位打者を独走する宮崎敏郎(DeNA)、打撃成績2位の西川龍馬(広島)、犠打トップの中野拓夢(阪神)、2年連続シーズン最多安打を狙う岡林勇希(中日)、通算2000安打を達成した大島洋平(中日)。
さらに、松井秀喜の背番号55を背負う秋広優人(巨人)。10年目の今季ブレイクした関根大気(DeNA)首位打者経験のある佐野恵太(DeNA)、宮本慎也のあとの待望久しい遊撃レギュラー・長岡秀樹(ヤクルト)。
パ・リーグは、最後のPL学園戦士・中川圭太(オリックス)、育成5位の叩き上げの牧原大成(ソフトバンク)。
投手陣は、セ・リーグが防御率1位の村上頌樹(阪神)、今や巨人のエース・戸郷翔征(巨人)、虎の守護神・岩崎優(阪神)。
パ・リーグは、3度目の10勝を狙う上沢直之(日本ハム)、初の10勝を挙げた種市篤暉(ロッテ)、WBC戦士・山﨑颯一郎(オリックス)、中継ぎエースの平井克典(西武)。
12球団支配下選手約720人中18人と、わずか2.5%でしかない。
特に投手陣のドラフト5位以下で達成している選手は少ない。ドラフト1位、2位のポテンシャルがあってこそ活躍できるポジションなのかもしれない。
例を挙げれば、2021年、2022年とセ・リーグを連覇したヤクルト投手陣など、下記のように一軍12人中、8人がドラフト1位と顕著な結果が現れている。
石山泰稚、原樹理、清水昇、奥川恭伸、木澤尚文、吉村貢司郎、石川雅規、小川泰弘(2位)、高橋奎二(3位)、小澤怜史(2位)、田口麗斗(3位)、高梨裕稔(4位)。
東大生が「勉強の天才」ならプロ野球選手は「野球の天才」だ
東大に入学するのは1年間に約3000人。プロ野球は「育成選手」を含めて1年間に入団するのは約100人。東大生が「勉強の天才」と言うならば、プロ野球選手は「野球の天才」であるのだ。
野村克也は、スカウトに指示した。
「アマチュア野球で『本塁打を何本打った』とか、公式戦で何勝したという表面的なことは関係ない。それより『他人より速く走る(俊足=走)』『他人より遠くに飛ばす(長打力=攻)』『他人より遠くに投げる(強肩=守)』といった一芸に秀でた選手を探し出してきてくれ」
しかし、その天才集団であるプロ野球選手であっても実はドラフト「1位、2位」「3位、4位」「5位、6位」では、技術的、身体能力的にかなりの差がある。企業的にもドラフト「1位、2位、3位」にはコスト(契約金)をかけているわけだから、費用対効果を求めるために、チャンスを多く与え結果を要求する。
大化けするのはドラフト4位だ。スカウトも、ドラフト3位まではアマ球界で実績のある選手を指名せざるを得ない。だからドラフト4位で「隠し玉」を指名するのだ。
前田智徳(広島1989年)、イチロー(オリックス1991年)、栗山巧(西武2001年)、青木宣親(ヤクルト2003年)、山本由伸(オリックス2016年)をはじめ、超大物が生まれている。
過去の例から、「ドラフト5位、6位」はあまり活躍できていない。しかし、野村は言う。
「慧眼(けいがん)のスカウトが、発掘してきたダイヤモンドの原石。磨けば必ず光る。いろいろな企業の社長に『監督の仕事とは何か』と聞かれる。それは『見つける』『活かす』『育てる』なんだよ」
固定観念は悪、先入観は罪
古田敦也(ヤクルト2位)を巡るドラフト会議前の、野村と片岡宏雄チーフスカウトのあるやり取りだ。
「チームの根幹は捕手だ。誰かいい捕手はおらんか」
「メガネをかけていて、打力は弱いのですが、いい捕手がいます。立命館大から社会人野球のトヨタ自動車に進んだ古田です」
「いまはメガネもよくなっている。大丈夫だろう」
そういう経緯になっているが、双方の話を聞くと、実際の野村はこう話したようだ。
「大学出の捕手は理屈っぽい。しかもメガネをかけているんだろう。高校出で元気のいい捕手を獲ってくれ。ワシが育てる」
当時はメガネをかけている捕手は、キャッチャーマスクの取り外しが邪魔になるので敬遠された。
しかし、古田がプロ2年目に予想を覆す首位打者、3年目に好守の要となり優勝の原動力となった。野村も古田の「類まれな強肩」を見つけ、活かし、育て上げたのだ。
古田入団前から、捕手として在籍した飯田哲也は「俊足」と「強肩」を活かして、外野手にコンバートされ、7年連続ゴールデングラブ賞を受賞した。
野村語録の鉄板の言葉である「固定観念は悪、先入観は罪」は、野村自身が自らを戒めるフレーズだったのかもしれない。
まとめ
「野球の天才」プロ野球選手なのだから、何かしら他人より秀でている長所がある。「他人より速く走る(俊足=走)」「他人より遠くに飛ばす(長打力=攻)」「他人より遠くに投げる(強肩=守)」。その長所で本当にプロで生きていけるか、他にいい長所がないか、「見つける」「活かす」「育てる」のが監督であり、リーダーの仕事である。
著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。