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2023.08.25

「森林が足りないぞ!」慶応、仙台育英が強かった3つの秘密【夏の甲子園2023後記】

2023年8月23日、第105回全国高等学校野球選手権大会が幕を閉じた。107年ぶり2度目となる夏の甲子園優勝を飾った慶応と、史上7校目の連覇を目指した仙台育英。両チームの強さの秘密を振り返ってみた。

第105回全国高校野球選手権大会の決勝、慶応vs仙台育英。試合を終え健闘を称え合う両校の選手たち。右端は慶応・大村昊澄主将と笑顔で抱き合う仙台育英・山田脩也主将。

スカウティングの強さ

慶応(神奈川)の優勝で幕を閉じた2023年夏の全国高校野球選手権。

実に107年ぶりとなる優勝ということもあって、甲子園のスタンドには多くのOB、関係者が詰めかけ、コロナ禍以降最高の盛り上がりを見せた。

一方連覇まであと一歩に迫りながら決勝戦で敗れた仙台育英(宮城)も初戦から相次いだ強豪との戦いを制し、その強さを改めて感じたファンも多いはずだ。

両校とも下級生ながら活躍している選手も複数揃っており、2024年以降も引き続き注目のチームとなることは間違いないだろう。

慶応は卒業生のほぼ100%が慶応大に進学し、政界財界にも多くの人材を輩出している首都圏きっての名門私立校。一方の仙台育英は野球以外も多くの運動部が結果を残しており、全国でも指折りのスポーツ強豪校という印象が強い。

一見すると対照的な2校だが、野球部に関しては共通している点も存在している。それはスカウティングの強さだ。

慶応というと小学校(幼稚舎)や中学校(中等部・普通部)から内部進学してくるというイメージがありそうだが、野球部の主力となっているメンバーに関していうとそういう選手は圧倒的に少数である。

この夏の甲子園でベンチ入りした20人を見ても、実に17人が外部の中学から進学してきており、その多くが中学時代から注目を集めていた有望選手たちなのだ。

主将の大村昊澄(そらと)は愛知出身、エースの小宅雅己、背番号10で決勝戦でも好投した鈴木佳門、4番も任された加藤有悟の2年生3人は栃木出身といったように県外から進学してくる選手も多い。

野球部員であっても中学校の内申点は38点以上でないと推薦の基準を満たないため、成績も優秀である必要はあるが、そのような対象となる選手を全国のネットワークを駆使してピックアップしているといわれている。

両親が医者で、中学時代の成績も優秀だった根尾昂(現・中日)が大阪桐蔭と最後まで進学先として迷ったのが慶応だったというのもそのスカウティング力を示すエピソードである。

中学生や保護者にとっては、ほぼ100%が慶応大に進学できるというのは大きな魅力であり、そのブランド力を余すことなくスカウティングに生かしているといえそうだ。

一方の仙台育英も地元である東北以外からも多くの有望な選手をスカウティングしている。

慶応は学校のブランド力が大きな強みとなっているが、仙台育英も東京六大学など有名大学に進学するケースは多い。また専用グラウンドや室内練習場など設備面でも充実しており、実力を伸ばせる環境が整っているというのも魅力だ。

そしてそれに加えて目立つのが須江航監督が付属の仙台育英秀光中学の監督を務めていた経験を活かしたネットワークだ。

中学野球は硬式野球のクラブチームでプレーしている選手に注目が集まることが多いが、なかにはクラブチーム並みに力を入れている学校の軟式野球部もあり、そういったチームからも積極的にスカウティングしているのだ。

2年生ながら3番を任せられた湯浅桜翼(おうすけ)は東京で屈指の強豪中学である駿台学園中の軟式野球部出身であり、エース格として活躍した湯田統真も中学時代の実績はなかったものの同じく軟式野球部でプレーしていた選手である。

最近では他の強豪校も中学の軟式野球部に注目し始めているところは増えているが、仙台育英は先行者としてのアドバンテージがあるのだろう。

敗戦乗り越え成長し続けた1年

ただ他の強豪校もスカウティングには力を入れており、中学時代に有望な選手を集めただけで結果を残せるわけではない。

両チームともに見事だったのは新チームが発足してからこの1年間での成長だ。

慶応は2022年秋の神奈川県大会では準決勝の日大藤沢戦、決勝の横浜戦でいずれも6失点。続く関東大会でも準決勝で専大松戸に5点を奪われて敗れている。秋季大会の公式戦のチーム防御率は2.93で、これは21世紀枠(困難な状況を克服し好成績を残した学校などを対象とした甲子園と縁がなかった学校が出場できる枠)を含めた選抜出場36チームの中でワースト2位の数字なのだ。

しかし冬の期間に小宅、鈴木などの2年生投手が大きく成長。

3年生の松井喜一も貴重なサイドスローとして投手陣の大きなアクセントとなり、夏の甲子園ではこの3人で5試合、46回を自責点10と見事な成績を残したのだ。打線はもちろん強力だったが、投手陣の底上げがなければ当然優勝はなかっただろう。

一方の仙台育英も2022年の秋季大会のチーム打率は.279と選抜出場校の中でも下位の数字で、選抜でも3試合で長打はツーベース1本と打撃面で大きな課題を残していた。

ところが選抜から夏までの間に再びチーム内の競争によって打力のあるメンバーが台頭。夏の宮城大会ではチーム打率.396をマークし、甲子園本大会でも6試合で48点をたたき出す強力打線へと生まれ変わったのだ。

この両チームの成長には様々な要因があると思われるが、一つは決勝戦後に須江監督が慶応の強さをたたえるインタビューにもあった「フィジカル面」での強化ではないだろうか。

ウェイトトレーニングで野球に必要な筋肉量を増やすことがパフォーマンスの向上に繋がることは一般化しており、その指標として除脂肪体重などの身体データを定期的に計測するチームも増えている。詳細なデータまでは把握できないが、身長(cm)から100を引いた数字以上の体重(kg)があるというのがしっかり鍛えている基準となっているのだ。

そして両チームのベンチ入りメンバー20人を見てみると、この基準をクリアしている選手は慶応が8人、仙台育英が11人といずれも出場校の中でも上位の数字となっているのだ。

とくに慶応は“Enjoy Baseball”という言葉が取り上げられることが多いが、当然苦しいトレーニングにも取り組んでいることは間違いない。

「森林が足りないぞ」監督と選手の距離感

他にも大会における戦い方では複数の力のある投手を揃え、長打と機動力の両方を駆使して得点を奪うなど、現代の高校野球で勝てる要素を揃えているという点でも共通していた。

また、それ以上に印象的だったのが、ミスが出ても選手に悲壮感が漂うことなく試合を楽しんでいる様子が伝わってきていた点だ。

そしてここに、これまでの高校野球にはない面が出ていたのではないだろうか。それは監督と選手の距離感である。高校野球といえば監督の指示には有無を言わさず従い、ベンチ前では選手が直立不動で監督の話を聞くというシーンを見かけることも少なくない。

しかし慶応、仙台育英の両校にはそういった雰囲気はまったくないのだ。

2023年、高校野球では「盛り上がりが足りないぞ」というサッカーのチャントから派生した応援が大流行していたが、慶応のスタンドからはこれをアレンジして「森林が足りないぞ」と森林貴彦監督の名前を呼ぶ応援を行っていた。

このことについて森林監督は神奈川大会でブラスバンドの応援が来られない試合があり、その時に控えの野球部員が勝手に始めたものだと笑いながら答えており、「監督を呼び捨てで応援できるのはうちらしい」とも話している。

また仙台育英の須江監督も以前話を聞いた時に、「カリスマ性のある監督が右向け右と言って全員が右を向くような時代ではない」と話していた。

監督が強烈なリーダーシップを発揮するスタイルで結果を出すチームもあり、そういった監督に魅力を感じる選手や保護者も当然いるが、多様性が叫ばれる現代だからこそ、これまでにない監督と選手の距離感を持ったチームが勝ち進んだことは喜ばしいことではないだろうか。

ただ、もちろんどのチームも両チームのようなスタイルを真似るのであれば、それはまた多様性とはかけ離れたものになる。どのチームも信念を持ってそれぞれのやり方で取り組んで競い合う、そんな高校野球になることが更なる発展に繋がるのではないだろうか。

今後、また新たなやり方で甲子園を湧かせるチームが登場することを期待したい。

著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。

TEXT=西尾典文

PHOTOGRAPH=日刊スポーツ/アフロ

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