86歳の今も連載を続けるレジェンド漫画家・ちばてつや。高齢者医療の専門家で、『80歳の壁』著者・和田秀樹。“長生きの真意”に迫る連載、ちばてつや編5回目。

冷や汗じゃなく熱い汗をかこう
和田 対談の1回目で、若い頃に体を壊したけどキャッチボールをしたらよくなったとお聞きしました。すごく興味深い話なのでもう少し教えてください。
ちば ああ、若い頃に病気しましてね。もうこれは長くないなあ、このまんまこういう生活してたら30歳まで生きるかなあってね、思ったんですよ。
和田 それはよっぽどですね。
ちば 半分もう諦めてね、自分の人生を。漫画家は不健康な生活をしているからって。だけど、ちょっとキャッチボールしたら、すごく元気になった。アイデアも、悶々としてなかなか浮かばなかったのにスラスラ出てくるの。顔を描いても、イキイキとした顔になるんです。
和田 いいですね。
ちば なんだこれは? ああ、運動不足かって気がついてね。「漫画家は運動しなくちゃダメだよ」って言って、手塚治虫さんのところに行って「野球やりましょう」って声かけたり、あっちこっちに声かけ回ってね。
和田 かつての漫画家のイメージといえば、不健康生活と短命でしたもんね。
ちば そうね。
和田 タモリさんと赤塚不二夫さんがゴールデン街で知り合った話とかを聞いて、僕らは勝手に「漫画家の人たちは、締切に追われて働き詰めに働いたあと、一晩中酒を飲んでいるから寝る時間もない」なんて思っていましたから(笑)。
ちば 仕事が終わると飲みに行く人と、麻雀やったり将棋やったりする人がほとんど。つまり座りっぱなしなんですよね。だから、「将棋も麻雀もおもしろいのはわかるけど、表に出ろ」って。漫画家はね、締め切りに追われて、いつも冷や汗をかくんですよ、冷たい汗ね。だけど表に行ってちょっと歩き回ると熱い汗をかくのね。指の間や脇の下に汗が出てくる。「その熱い汗をかかなくちゃダメなんだよ。1日1回熱い汗をかけ」と言ってね。
和田 いいことですよ。
ちば 漫画家の仲間たちにも言ったし、大学で漫画を教えていたときは学生たちにも何度も言ったね。「1日1回でいいんだから熱い汗をかけ」と。
和田 漫画家の平均寿命を大幅に延ばしていますね(笑)。
ちば だけど言うことを聞かない(笑)。「ああ、そうだね」と気がついてくれた人は長生きしてますよ。

漫画家。1939年東京都生まれ、満州育ち。1956年にデビュー。2024年に菊地寛賞受賞、同年文化勲章を受章。主な作品に『ハリスの旋風』『あしたのジョー』『おれは鉄兵』『あした天気になあれ』など多数。現在もビッグコミックにて『ひねもすのたり日記』を連載中。
ゴルフを変えた魔法の言葉チャーシューメーン!
和田 ちば先生はゴルフもされるんですか?
ちば そうですね。今はなかなか100を切れません。「百獣(110)の王」にはかろうじて勝てるんだけどね。
和田 (笑)。やっぱり「チャーシューメン」って声を出しながら打つんですか。
ちば 調子の悪いときは必ず「チャーシューメン」。
和田 ゴルフをしない人も『あした天気になあれ』を読んだことがない人も「チャーシューメーン」のタイミングで打てばいいというのは知っています。ちば先生が考えたんですか?
ちば あれはね、プロが考えたものをもらったんです。確かにね「チャーシュー」でクラブを振り上げて「メーン」と大きく振ると、いいんですよね。
和田 なるほど。
ちば 「チャンポンメン」はダメよ(笑)。「チャーシューメーン」と大きくね、ゆっくり振るのがいいんです。
和田 ちば先生が流行らせたわけですもんね。まさに国民的な掛け声です(笑)。
ちば その頃ね、ゴルフを始める女性が増えたんですよ。だけど、男の子みたいにバットを振ったこともないから、振る、とか打つという感覚、リズムがわからない。そこでプロが「チャーシューメン」って教えてみたら女性たちがみんなうまく打てるようになった。
和田 漫画の力って偉大ですよね。この連載担当の女性編集者も「チャーシューメン」って言いながらクラブを振るそうですよ(笑)。
ちば ああ、そうなの。ありがたいですね。

1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、和田秀樹こころと体のクリニック院長に。35年以上にわたって高齢者医療の現場に携わる。『80歳の壁』『女80歳の壁』など著書多数。
食べ物の好き嫌いはない
和田 食事の好き嫌いはありますか?
ちば 私は引き揚げ者で戦争時代に生きていましたから、嫌いなものはなんにもないんですよ。
和田 いいですね。
ちば 小さいときにね、叱られたことがあるんです。きゅうりがとても安くて毎日出る。お米はあんまり買えなかったんでね。私は兄弟4人なんですけど「またキュウリだよー」「もういらない、見たくもない」って、文句言ったことがあるの。そしたら母が怒って、もう般若みたいな顔になって「みんな箸を置いて出ていきなさい!」と怒ってね。
和田 戦中・戦後の食べ物に困った時代ですね。
ちば 道端で死んでいる人もいたんですよ、戦後間もなくはね。そういう時代に生きていたのに、「あんたたち何を贅沢言っているの」と。そういう教えもあって嫌いなものは一切なくなった。なんでもおいしいと思って食べられるようになったんです。
和田 素晴らしいです。
ちば 母に感謝しています。
和田 年を取れば取るほど足りない栄養があると調子悪くなるんですね。だから雑食の人のほうが強いんですよ。
ちば そうですか。それと私はね、お行儀が悪いから、食事中にボロボロと下にこぼすんですよ。だけど落ちたものも食べる。動物を飼っているから毛がついていたりするんだけど、毛は取ってね。少しばい菌がついてもいいやって。
和田 それも正しいと思います。コロナのときになんでも消毒する習慣がついたでしょ。で、コロナが終わってからマイコプラズマとかインフルエンザとか、かえって増えたんです。清潔にしすぎたせいで、免疫力が落ちたのだと私は思っています。だってインドの人が現地で水を飲んでも大丈夫なのに、日本人が飲むとお腹を壊すわけですから。
ちば 昔は畑に行くとね、キャベツなんかの下にちぎれた新聞紙がいっぱい落ちていたんです。トイレでね、新聞紙でお尻を拭いて、便器に捨てるでしょ。それを肥料として畑にまくから、新聞紙がキャベツに付くわけ。それをピチャピチャと水で洗い流して食べてね。防腐剤とかを使わずに、そういう生活をしていたから、みんなお腹の中に回虫はいましたよ。だけどみんな元気でしたね。
和田 子ども時代にいろんな病気にかかったほうが免疫はできるんですよ。話は飛ぶんだけど、春日局って“あばた”だらけだったんですって。天然痘にかかり、顔に痕が残った。そういう人を乳母にすれば、免疫があるから世継ぎの家光にも伝染らないで済む。という理由から選ばれたらしいんです。まあ、これは極端な話だとしても、死なない程度に、病気にはかかっておいたほうが、その分だけ、免疫を獲得して強くなりますからね。
ちば なるほど。キャラクター描いていてもね、ちょっと元気な子にはね、ほっぺたに傷をつけたりね。点々って、あばたを描いたりするんですよ。すると、なんか元気そうに見えるんです。
和田 確かにちば先生の漫画には、そういうキャラクターが多いですね。今はわけのわからない清潔信仰っていうのかな。そこまでばい菌を減らしたら逆に体に悪いんじゃないかと、私は危機感を感じますけどね。
ちば お医者さんがそう言うんだから間違いないね。いい話をいっぱい聞いたなあ。
※6回目に続く