PERSON

2025.05.06

「目に光を感じると、セロトニンが増えて、気分も晴れるし頭も冴える。耳が遠いと認知症に」86歳・ちばてつや×和田秀樹対談⑥

『あしたのジョー』の作者であり、86歳の今も連載を続けるレジェンド漫画家・ちばてつや。高齢者医療の専門家で、『80歳の壁』著者・和田秀樹。“長生きの真意”に迫る連載、ちばてつや編6回目。

86歳・ちばてつや
ちばてつや/Tetsuya Chiba
漫画家。1939年東京都生まれ、満州育ち。1956年にデビュー。2024年に菊地寛賞受賞、同年文化勲章を受章。主な作品に『ハリスの旋風』『あしたのジョー』『おれは鉄兵』『あした天気になあれ』など多数。現在もビッグコミックにて『ひねもすのたり日記』を連載中。

マスクは顔がわからない

和田 対談の5回目で清潔信仰の話をしましたが、マスクもそうですよね。コロナが終わっているのに、まだマスクをつけている。マスクって、なんか人をはねつけているようなイメージが僕にはあるんですけど。

ちば それはありますね。

和田 僕はとくに精神科ですから、患者さんの顔が見えないと、表情もわからないし、治療がしづらいんですよ。

ちば 困りますね。

和田 それと、医者が笑顔を見せることで患者さんの気分が楽になることもあるんです。

ちば ああ、なるほど。

和田 患者さんの顔を見ないで電子カルテばかり見ている医者がいると問題視されました。でも今は、マスクで顔が見えないのが当たり前になっています。こんな医療はやっぱり間違っていますよ。だってね、もしちば先生が「この漫画の登場人物には全員マスクを着けてください」となったら、どうしますか。

ちば つい最近ね、私それを経験したんです(笑)。

和田 え、そうなんですか?

ちば ちょっと病気をしてね、入院したんですよ。だけど、ずっと部屋に閉じ込められているのがつらくなってね、病院を抜け出しちゃった。自然の木を触りたくなってね(笑)。

和田 ほーう。

ちば こっそり抜けてタクシーに乗り「どこでもいいから近くの公園に」と言ったらね、上野公園で降ろしてくれたんです。それで、公園の木を触ったりしてね、そういう話を漫画に描いたんです。だけどね、みんなマスクを着けているんで、そのまま描いたらね、全然、漫画にならないんですよ(笑)。

和田 でしょうね(笑)。

ちば 通行人もすれ違う人もね、タクシーの運転手もマスクをして最初は描いたんだけど、全然おもしろくなくてね(笑)。だから漫画の脇に「実際はマスクをしていたけど、ちょっと絵がわかりにくいから外します」って注意書きを入れて、マスクを全部外しちゃったの。外さないとね、漫画にならないから。

和田 ですよね。欧米では反マスク運動が起こりましたが、当然ですよ。だって欧米の人は、口で表情をつくりますからね。

ちば 本当にね、表情は大事ですよね。

和田 はい。病気にならないってことは大事なんだけど、それが過度になって、いろんなものが犠牲になっている気がします。人間性とか、木を触りたくなるみたいな動物的な直感とか。そういうものもひっくるめて、人間は健康でいられるわけですから。

和田秀樹
和田秀樹/Hideki Wada
1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、和田秀樹こころと体のクリニック院長に。35年以上にわたって高齢者医療の現場に携わる。『80歳の壁』『女80歳の壁』など著書多数。

漢方医学は全体を診る

ちば 漢方のお医者さんは、いろいろ診てくれますよね。「ベロを出してごらん」とか「手を見せてごらん」とかね。目をあかんべーみたいにして診てくれたり、ちょっとつねったりね。

和田 そうですね。漢方医学については、日本人が大きく誤解していることがあります。例えば「風邪をひいたら葛根湯」とか「喘息の場合は小青竜湯」とか、病名に対して漢方薬を出すというイメージがあるんですけど、それは誤解なんですよ。

ちば そうですか。

和田 漢方医は、病気に対して薬を出しているのではなく、その人の体質を診て出しているんです。「証」と言うんですけど「この人は弱い体質(証)だからこの気付けの薬を出す」とか「この人は血行が悪い体質(証)だから、それをよくしていく薬を出す」というように。

ちば 人間は体質がそれぞれ違うので、その人の体質に合った薬を出してくれるんですね。

和田 そうです。簡単に言うと漢方薬は病気を治す薬ではなく「体質改善薬」なんです。

ちば なんか、漢方のお医者さんのほうが私は安心できる感じがしますね。

和田 年を取ってからは漢方医のほうがいいかもしれません。全体を診て、その人の体質を考えて薬を出してくれますから。

目を直すと、世の中全体が明るく見える

和田 目の手術もされたそうですね。

ちば はい。コロナにかかったときにね、熱もほとんど出なかったんだけど、目だけがね。細かいのを見たら、ちょっと焦点が合わなくなったんですよ。目にきたんですかね。眼科に行ったら「膜ができている」と言われて、手術を受けたんです。

和田 よかったと思いますよ。目の医療はずいぶん進歩していますから。緑内障はちょっとまだ難しいんですが、白内障はかなりよくなります。僕ら精神科医は軽いうつのお年寄りも診たりしますが、白内障を治すとうつがよくなることがあるんです。

ちば 目の前が明るくなるもんね。私もそうでしたよ。

和田 よかったですよね。

ちば なんかね、なんとなく茶色っぽいような、墨っぽいような、霞がかかったような感じだったんだけど、すごく明るくなりましたね。

和田 パッと晴れやかに。

ちば こんなに空は明るいんだ、緑はこんなにきれいなんだって思いましたね。

和田 いいですね。

ちば 元気になりました。

和田 人間は目に光を感じると、脳の中でセロトニンっていう神経伝達物質が増えるんです。すると気分も晴れるし頭も冴える。意欲も出てきます。

ちば そうなんですね。

和田 今、私たちは平均寿命も延びているし、昔と比べて若返っていると言われているんですが、目と耳だけはそうでもないんです。老眼は早い人だと40代からなるでしょ。耳も50代から聞こえにくくなる人がいる。じつは僕もだんだんテレビの音が大きくなってきています。

ちば 先生でも?

和田 ええ。目と耳はとても大事なんですが、皮肉なことに若返りは期待できないらしい。

ちば そうですか。

和田 耳が遠いのを放っておくのはよくないです。聞こえないと、人としゃべるのが面倒くさくなるでしょ。すると認知症になりやすくなるんです。

ちば ああ、それはいけませんね。私もちょっと危ないかな。ちゃんと聞こえてはいるんですけど、みんなでワーッと笑って話したりすると、何をしゃべっているのか理解できないことがあるんですよ。細かいとこが聞こえない。

和田 なるほど。

ちば 「今なんて言ったの」とよく聞いてしまうんです。テレビもね、字幕が出るものはいいんですけど。

和田 補聴器は試してみてもいいかもしれませんね。

ちば 目と耳は最初に情報が入ってくる場所ですからね。

和田 そうです、そうです。

ちば 物が見えて初めてちゃんと歩けるし、耳が聞こえると危険もわかりますからね。

和田 そうです。人間って感覚器の世界で生きているので、目とか耳は本当に大事なんですよ。それなのに、不具合が生じても放っておいたり、隠してしまったりする人がいる。年を取ったら足の筋力が落ちて、若い頃のようには走れなくなるでしょ。それと同じで、目や耳の機能が落ちてくるのは、恥ずかしいことでもなんでもないんです。補聴器でも何でも、使えるものにはどんどん頼ったらいいんですよ。

ちば そうですね。今度ちょっと検査を受けてみますかね。

※7回目に続く

TEXT=山城稔

PHOTOGRAPH=鈴木規仁

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