俳優・滝藤賢一による連載「滝藤賢一の映画独り語り座」のなかから、2025年に紹介した映画5本を編集部がピックアップ! ※2025年1月〜10月号掲載記事を再編。

1.“敵”は中年男性の心のうちにあり! 滝藤賢一も反省した、筒井康隆の原作映画『敵』

『敵』を観ました。去る第37回東京国際映画祭で作品賞、監督賞、主演男優賞の三冠に輝いた作品です。
面白い! なんてのんきに観られたのは最初だけ。じわじわと雲行きが怪しくなり、悲しいかな、その時は訪れるんです。
主人公を演じるのは長塚京三さん。77歳のフランス文学の元大学教授。妻に先立たれた後、親から引き継いだ素敵な日本家屋にひとり暮らし。家事全般手際よく、朝、昼、夜の献立も考え、自炊。モノクロなのにすんごく旨そう。食欲をそそられる。焼き鳥を一からちゃんと作ったり、レバーなんて牛乳につけて臭み取りしちゃったり……。
日々のルーティンの豊かさにひとり暮らしも悪くないかもなんて、憧れを感じてしまう。このまま静かに淡々と余生を過ごす。こんな人生も素敵だよなあと思ったのも束の間、敵は突如現れる。まるで味方のように現れるんです!
2.“弔辞の代筆業”を通した人間ドラマ…滝藤賢一が引き込まれた『来し方 行く末』

今月も力作揃い。若さと美に執着して禁断の再生医療に手を出すデミ・ムーアが主役の『サブスタンス』。第二次世界大戦中にファッションモデルから戦場カメラマンに転身した実在の女性をケイト・ウィンスレットが演じた『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』。散々悩みながら、もう1作だけと手を伸ばした本作に異なるテイストを感じました。
先の2作はこれでもかとベテラン俳優による気合の入った演技があっぱれでしたが、この中国映画『来し方 行く末』は中年男性が動物園で動物を眺め、タバコを燻(くゆ)らせている静かなスタート。人生に惑う世代の心境がしんしんと胸に沁み入り、良質な墨絵の世界に引きこまれる感覚とでもいいましょうか。
主人公のウェン・シャンは大学院まで出て脚本を学びながらいまだプロデビューができず、葬儀場での弔辞の代筆業をしています。家には同居人がいてウェンの行動にいちいちケチをつけてくる。君は友達か? 兄弟か? なんて思っていると、次々といろんな角度からいろんな人物が登場してくるので、ん? この人は誰だ? さっきの人? この人とこの人は同じ話の人? え? 新しい人? と夢中になってしまう。
3.滝藤賢一も驚く、香港アクションの裏側を描いた映画『スタントマン 武替道』

梅雨前線が早々に消えてやってきた2025年の猛夏。滝藤は地方で時代劇の撮影に邁進していました。俳優とは肉体を使う仕事であることを改めて認識し、強く、美しく見える筋肉の使い方を所作指導や殺陣師の方から学ぶ日々。そして忘れてはならないのは、我々の代わりや相手役として、危険なアクションに挑むスタントの方々の存在。
今回紹介する映画『スタントマン 武替道』は、過去に若いスタントマンに無理をさせ、一生の怪我を負わせたアクション監督、サムが主人公。どこかで見た顔だなあと思っていたら、『燃えよドラゴン』でブルース・リーから「Don’t think. FEEL!(考えるな、感じろ)」と有名な台詞とともに頭をはたかれたあの少年! そのトン・ワイも御年67。香港では知らぬ人がいないアクション俳優&監督です。ジョン・ウーの『男たちの挽歌』のアクション監督も担当していたとは! カリスマですよ!
そんな数々の偉業に包まれた彼に、ここまで頑固で自分勝手なアクション監督役を演じさせるのは何故なんだ(笑)。許可のない市道でのゲリラ撮影をはじめ、ワイヤーなしの高所からの飛び降り、下が見えない場所からの階段落ちを当たり前にやらせる。今の時代では考えられないことばかり。
4.実話に基づいた、政治に翻弄されるアスリートの葛藤を描いた映画『TATAMI』

イスラエルとイラン出身の監督が共同で手がけた映画『TATAMI』。舞台は柔道の世界選手権大会。主人公のレイラはイラン代表選手。順当に勝ち上がった三回戦の直前、監督から突然、棄権するように指示を出されます。戦い続けると、イスラエル代表との試合が避けられない。イスラム教の聖地エルサレムのあるイスラエルをイランは国として認めておらず、直接対決は許さないと。
もし負けたら国のメンツが! とかじゃないんです。国として認めてないから戦わないんです。もう滝藤、全身の力が抜けましたよ。レイラは決して恵まれた環境ではないなかで血の滲むような努力をしてきたのです。きっと自分のためだけでなく、家族のため、国のために全身全霊をかけて戦うんです。そんなことは柔道をやったことのない人間でも想像に容易いです。
もちろんレイラにとっては承服しかねる事態。観ているこちらも“まあ国が言ってんだからしょうがないな”なんて1㎜も思えないですから! 無視して試合を続けると、両親が監禁。さらに監督や試合を監視している外交官、その上の政府高官までしゃしゃり出てきて、凄まじい脅しのオンパレード。“おい! レイラは今、目の前の強者たちと熾烈を極めた戦いをしてるんだよ! 死闘に水を差すとはまさにこのことだよ! こっちも死闘、あっちも死闘じゃ、試合に集中できないだろ! タイミング考えろ! ボケ!”と思ってしまうのは、平和ボケしている滝藤だけだろうか……。
5.滝藤賢一「ほんっとにいい映画っす!」カンヌ最年少選出監督の長編デビュー作『見はらし世代』

読者の皆様に質問です。やっととれた休暇。久しぶりの家族旅行。何時間もかけて避暑地に着いた途端に仕事先から電話。ビッグプロジェクトのコンペの最終選考に残ったらしい。どうしてもやりたい仕事です。そのために何年もかけて準備をしてきました。先方は今すぐ会いたいそうです。「チャンスを摑むためにも今すぐ東京に戻ってこられないか?」と。皆様ならどうされますか?
くぅー! 滝藤なら悩むなぁ、めったにあることではない人生をかけた大勝負! やりたいよなぁ……でもこうやって家族が揃って旅行に行けることなんてなかなかないからなぁ。くぅー! うん、大丈夫だ! 別荘まで連れてきちゃえば、オレがいなくともゆっくりできますものね! また帰る時、迎えに来ますから! 避暑地をenjoyしてね! パパは君たち家族のために東京に戻って働きます! なんて、映画の冒頭は思いましたよ。ええ、ええ、正直思いました。一応悩んだ振りとかしちゃったけどね。映画のなかのエンケンさん同様思いました。
そして10年半後。遠藤憲一さん演じる高野初は国際的なランドスケープデザイナーに。家族のためにもこのチャンスをどうしてもモノにしたいと言っていた渋谷の再開発にかかわるコンペ。なんとなんと! 勝ち取っていたんですよ! ヤッター! おめでとう! 家族みんな幸せの絶頂ですね! のはずが、なんだか不穏な空気。

