役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。今回は、2025年1月17日公開の映画『敵』を取り上げる。
敵は突如、まるで味方のように現れる
『敵』を観ました。去る第37回東京国際映画祭で作品賞、監督賞、主演男優賞の三冠に輝いた作品です。
面白い! なんてのんきに観られたのは最初だけ。じわじわと雲行きが怪しくなり、悲しいかな、その時は訪れるんです。
主人公を演じるのは長塚京三さん。77歳のフランス文学の元大学教授。妻に先立たれた後、親から引き継いだ素敵な日本家屋にひとり暮らし。家事全般手際よく、朝、昼、夜の献立も考え、自炊。モノクロなのにすんごく旨そう。食欲をそそられる。焼き鳥を一からちゃんと作ったり、レバーなんて牛乳につけて臭み取りしちゃったり……。
日々のルーティンの豊かさにひとり暮らしも悪くないかもなんて、憧れを感じてしまう。このまま静かに淡々と余生を過ごす。こんな人生も素敵だよなあと思ったのも束の間、敵は突如現れる。まるで味方のように現れるんです!
定期的に家に通ってくる元教え子で編集者の異性。行きつけのバーでバイトする異性。先生、先生と好意を持ってくれちゃったりするもんですから、「今度家にお出で、美味しい料理を作ってあげよう」なんて言っちゃうの。わかる! いやわかってしまう時点で滝藤も相当ヤバい! 好意なんか持ってるわけがない! 気分なんかよくなっちゃって、長々と蘊蓄(うんちく)を垂れだした日にはもう絶望的。ダメ! ダメ! ダメです! って、他人のことならわかるのに、自分のことになるとまったく気づかないんですよ! 私も現場でポツンとしていたら、若い俳優さんが気を遣い、声をかけてくれたりすることがあります。そこで過去の体験談とか語っちゃったりして。いやいや相手は求めてない! 何で語っちゃうんだオレ! バカ! オレのバカ! 気づけ! 年下の異性が優しいのは権威勾配があっての礼儀だと気づけ!
滝藤の新作『私にふさわしいホテル』では、のんさん演じる新進小説家の将来を潰す作家役を演じ、劇中、数々の復讐を受けましたが、おっさんの勘違いほど厄介なものはない。まさに人の振り見て我が振り直せ、“敵”は中年男性の心のうちにあり!
『敵』
『紙の月』『羊の木』『騙し絵の牙』などの吉田大八監督が筒井康隆の同名小説を映画化。全編モノクロで、大学教授の職をリタイアした77歳の主人公、儀助の穏やかな生活に、突如「敵」が現れる展開をサスペンスフルに描く。先の東京国際映画祭では三冠に輝いた。
2023/日本
監督:吉田大八
出演:長塚京三、瀧内公美、河合優実、黒沢あすかほか
配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ
2025年1月17日よりテアトル新宿ほか全国公開
https://happinet-phantom.com/teki/
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。映画『私にふさわしいホテル』が公開中。2025年1月からドラマ『TRUE COLORS(トゥルー カラーズ)』(NHK BSプレミアム4K&BS)全9回が開始。