役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。今回は、2025年4月25日公開の映画『来(こ)し方 行(ゆ)く末』を取り上げる。

弔辞の代筆業から見えてくる亡き人の知られざる一面
今月も力作揃い。若さと美に執着して禁断の再生医療に手を出すデミ・ムーアが主役の『サブスタンス』。第二次世界大戦中にファッションモデルから戦場カメラマンに転身した実在の女性をケイト・ウィンスレットが演じた『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』。散々悩みながら、もう1作だけと手を伸ばした本作に異なるテイストを感じました。
先の2作はこれでもかとベテラン俳優による気合の入った演技があっぱれでしたが、この中国映画『来し方 行く末』は中年男性が動物園で動物を眺め、タバコを燻(くゆ)らせている静かなスタート。人生に惑う世代の心境がしんしんと胸に沁み入り、良質な墨絵の世界に引きこまれる感覚とでもいいましょうか。
主人公のウェン・シャンは大学院まで出て脚本を学びながらいまだプロデビューができず、葬儀場での弔辞の代筆業をしています。家には同居人がいてウェンの行動にいちいちケチをつけてくる。君は友達か? 兄弟か? なんて思っていると、次々といろんな角度からいろんな人物が登場してくるので、ん? この人は誰だ? さっきの人? この人とこの人は同じ話の人? え? 新しい人? と夢中になってしまう。
ただストーリーは緩やかに進んでいくせいか、それぞれが穏やかにつながっていき、いつの間にか主人公の人間性や彼を取り巻いている環境が、観ているこちら側の心に沁みてくるのです。なんとも不思議な感覚。まさに嚙めば嚙むほど味が出る脚本。
ウェンは弔辞を書くため親族に故人の話を聞くのですが、人によって印象がまるで違ったりする。滝藤も父を亡くした時、親戚の方に“こういう人だったよね”と言われ、父の知らない一面を聞いて涙したのを思いだしました。理解者って思わぬところにいるのだなと、この映画を観て改めて感じたしだいです。
自分の身近な方々が亡くなるたび、もっと深く関われたのではないかと後悔ばかりですが、弔辞という形で言葉を残してくれれば、残された我々には救いがあるのかもしれないと、しみじみ感じる優しい1本でした。
『来し方 行く末』
主人公のウェン・シャンは故郷の両親に人気ドラマの脚本チームにいると噓をつくが、実際には弔辞執筆のアルバイトで日々を送る。中年に差しかかり、人生に惑うなか、喪主から亡き人の人生を聞く作業を重ねることで、自分の書くべきことがゆっくりと見えてくる。
2023/中国
監督:リウ・ジアイン
出演:フー・ゴ—、ウー・レイほか
配給:ミモザフィルムズ
2025年4月25日より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、
アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
https://mimosafilms.com/koshikata/
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。2025年6月6日に映画『見える子ちゃん』、6月13日に『フロントライン』が公開される。現在は、ドラマ撮影の真っ最中。