役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。今回は、2025年3月28日公開の映画『エミリア・ペレス』を取り上げる。

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何事もほどほどが一番。虻蜂取らずです。
第97回アカデミー賞で助演女優賞と歌曲賞(「El Mal」)の2部門を受賞した『エミリア・ペレス』。欲しいものは何が何でも手に入れる様は観ていて最高に気持ちがいいっす! が、しかし! 極悪非道の限りを尽くしてきたメキシコの麻薬王が女性になりたいって……。読めない! どんな展開になるんだ? 映画冒頭から狐につままれるとはこのことだ。
確かにメキシコでトランスジェンダーが生きていくことがいかに過酷かということは周知の事実だ。本当の自分を殺して、ここまで上り詰めた。想像を絶する苦しみ、葛藤だったろう。でもですよ、あんたが女性になったら、組織はどうなるんだ? いやそんなことより家族はどうするんだ? 映画始まった途端にあなたの家族や仲間の心配でこちらはパニックですよ。よし! いいよ。観てやろうじゃないか、あんたの生き様を。そんなスタートです。
主演の麻薬王マニタスを演じたカルラ・ソフィア・ガスコンさん。まるで自身の人生とリンクしたかのような見事な存在感。作品も評価され、幸せの絶頂だと想像します。こういう時こそ気をつけなくてはなりません。
ガスコンさん、トランスジェンダーとして初のアカデミー賞主演女優賞にノミネートされながら、SNSの過去の投稿でのヘイト発言で賞レースから遠ざかってしまう。2022年のアカデミー賞授賞式でのウィル・スミスの騒動然り、まさに人間万事塞翁が馬。“最高の瞬間に悪魔は囁く。その誘いに負けてはならない”、その時にウィル・スミスに贈ったデンゼル・ワシントンの言葉が沁みます。
そして、助演女優賞を受賞したゾーイ・サルナダさん。芝居はもちろん、圧倒的な歌と踊りに魅了されます。また、アカデミー賞での受賞スピーチも素晴らしい。ドミニカ系アメリカ人の父とプエルトリコ人の母を持つ彼女は、自身が誇り高き移民の子であると、祖母に感謝を捧げておられました。アメリカは今、移民の問題がありますものね。自分の境遇を通して、臆することなく話せることに感動。勇気をいただきました。
『エミリア・ペレス』
第97回アカデミー賞で最多13ノミネートを果たし、2部門受賞した作品。麻薬カルテルのリーダーが性別適合手術で女性として生き直すことを実現するため、そこに巻きこまれる弁護士、元妻、新しい恋人とのディープな関係を華麗なるメドレーで展開していく。
2024/フランス
監督:ジャック・オーディアール
出演:ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコンほか
配給:ギャガ
制作:サンローラン プロダクション
2025年3月28日より新宿ピカデリーほか全国公開
https://gaga.ne.jp/emiliaperez/
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。2025年6月6日に映画『見える子ちゃん』、6月13日に『フロントライン』が公開される。現在は、ドラマ撮影の真っ最中。