慶應義塾大学教授・岸博幸先生が、各分野で活躍するいま気になる人と対談する不定期連載企画「オトナの嗜み、オトコの慎み」。今回の対談相手は、大阪維新の会・日本維新の会代表の吉村洋文氏。

誰もが口を揃える「まじめで立派な人」
岸 今回の対談相手は大阪維新の会・日本維新の会代表の吉村洋文さん。2015年から大阪市長を、2019年からは大阪府知事を務め、知事職は現在3期目です。知り合ってから10年以上経ちますが、吉村さんはとにかく「まじめで立派な人」。僕に限らず、吉村さんを知る人は口を揃えて「まじめだ」と言います。吉村さん自身も自分のことをまじめだと思っています?
吉村 いや、根はそんなまじめでもないですよ(笑)。でも今は大阪府民から1票をいただいて公選職に選ばれているわけですから、「公に尽くす」という意識を最優先して職務に励んでいます。生まれ育った大阪の役に立てる限りは前を向いて走り続ける。そのぶん、公選職を離れたあとは好きなことをしたいなと(笑)。
岸 政治家になる前は弁護士として活躍されていました。収入もよかったはずなのに、どうして政治家の道を選んだのでしょう。
吉村 僕が弁護士だった頃、大阪は無茶苦茶な状態だったんですよ。財政状況が悪く、未来への投資が進まない。府と市による二重行政により意思決定が遅いことも問題でした。そうした状況下で橋下さん(注:元大阪府知事・橋下徹)が知事になり、変革に乗りだしました。でも、改革はうまく進まない。議会が大きな権限を持っていて、改革案を潰してしまうんです。
岸 知事だけではどうにもならない。決議権を持った議会をまずは変えなければならないわけですね。
吉村 そうなんです。そこで同じ志を持った仲間が政治集団をつくり、旧態依然とした議会に挑もうと考えました。そうして生まれたのが維新の会です。
岸 吉村さんはどのような経緯で維新の会に?
吉村 当時、僕はやしきたかじんさんの顧問弁護士を務めていました。そのたかじんさんから「僕らは大阪に育ててもらったんやから、大阪に恩返ししなければならん。吉村さんも政治家になって、政治を変えてみないか」と言われたんです。
岸 なるほど。それで、政治家になろうと決断を?
吉村 当時、僕は36歳。弁護士の仕事はおかげ様で順調で、試算してみると政治家になったら収入は5分の1に減ってしまうだろうと。でも、このまま弁護士として安定した道を進むのと、大阪をよくすることと、どっちの道が有意義だろうか。そう考えて、政治家の道を選択しました。橋下さんが涙ながらに「なんとか大阪を変えたいんです」と訴える姿に心打たれたことも理由のひとつです。
岸 それで、まずは大阪市議会選挙に出馬。
吉村 はい。2011年に大阪維新の会公認で立候補し、当選させていただきました。
岸 市議から始まった政治家が、大阪を代表するリーダーに。そして今や全国政党の維新の会を率いている。吉村さんはリーダーとして何を大切にされていますか。
吉村 リーダーに最も必要なものは「勇気」。勇気がないリーダーは時として、有害ですらあると思います。勇気があるから、決断も判断もできる。周りの意見は大切にしながら、最後は勇気を持って自分で決めることです。
「決断」の局面では振り切る意識が重要
岸 吉村さんの勇気ある決断といえば、2025年10月の野党連携協議からの離脱。立憲・国民と連携を解消したことで、国民民主党代表を首相にするというプランが消え、高市政権が誕生することになった。僕は素晴らしい決断だと思いましたが、勇気がいる難しい判断だったでしょうね。
吉村 本当に難しい判断でした。過去の歴史において、自民党と連立という関係になって生き残っている政党は公明党しかありません。公明党は支持母体がしっかりしているので生き残る力がありますが、他の政党はすべて消滅しているんですよ。だからあの時は維新の会が消えてしまうというリスクも考えました。
岸 でも、誰かがリスクをテイクしないと物事は大きく前へは進みません。維新の会のメンバーは吉村さんの判断についていった。リーダーとしてどのように組織をまとめているのですか。
吉村 ひと言でいえば信頼ということなんですけど、信頼を得るのは簡単なことではありません。常に、勇気を持って決断し、実行しているか。その姿を見て何かを感じてもらうことです。維新の会のメンバーだけでなく、有権者に対しても同じ気持ちで向き合っています。あとは、振り切ること。リーダーは中途半端な姿勢が一番ダメ。国民民主を選んだのなら国民民主、自民を選んだのなら自民。100%振り切って、もし自民が負けたら、敗者と一緒に冷飯を食う覚悟です。
岸 日本のビジネスリーダーは真ん中あたりでうろちょろしている人が多い。振り切る決断をしないから、失敗もないが、大きな成功も摑めない。結果として、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのようなリーダーが生まれる土壌が日本にはなくなった。ところで吉村さんは決断したあとに、「間違ったかも」と不安になることはありませんか。
吉村 もちろんありますよ。修正できるものであれば、修正していけばいい。リーダーにとって修正能力も大切です。ただし、物事の大元で完全に間違えてしまったのなら、それは責任を取るべき。責任の取り方はいろいろありますが、最終的には「リーダーを退く。リーダーの席にしがみつかない」ということでしょうね。橋下さんも松井さんも責任を取って代表職を辞した。間違った時に潔く責任を取ったからこそ、維新の会は潰れずに存続できているのだと思います。
岸 政界でも経済界でも責任を取らないで、自分のポジションにしがみつこうとする人が多いですからね。
吉村 そのポジションにつくまで相当の努力もしてきてますからね。ただ、「この上司は何かあった時に責任を取ってくれる人なのだろうか」と。社員や職員はそこをよく見てますよ。
岸 吉村さんの挑戦はまだまだ道半ば?
吉村 来春、大阪都構想、副首都創設に挑戦します。勇気を持って決断し、結果に対して責任を取る。この意識を持って、これからも大阪と日本のために公選職を務めていく所存です。

1962年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。経済財政政策担当大臣、総務大臣などの政務秘書官を務めた。現在、エイベックスGH顧問のほか、総合格闘技団体RIZINの運営にも携わる。
吉村洋文/Hirofumi Yoshimura(右)
1975年大阪府生まれ。九州大学法学部卒業後、25歳で弁護士に。2011年大阪市会議員選挙で初当選。その後、衆議院議員、大阪市長を経て、2019年から大阪府知事。
大阪維新の会代表、日本維新の会代表を務める。

