PERSON

2024.03.27

岸博幸「がん判明から1年が経ち、僕の余命は9年になってしまった」

2023年1月、多発性骨髄腫罹患が判明し、治療することで10~15年は生きられると告げられた岸博幸氏。その想いを綴った書籍『余命10年。多発性骨髄腫になって、やめたこと・始めたこと。』刊行インタビューを行った。“人生の期限”を知ったことで、多くの気づきや発見をし、人生観も激変したという岸氏が語る、自分同様余命宣告された人や定年を迎える世代、子育て中の親世代、若い世代に伝えたいこととは――。

岸博幸氏

余命10年。人生の締め切りがわかってラッキーだった

2023年1月20日、僕は自分が血液のがん、多発性骨髄腫に罹患していること、そして、余命10年であることを知った。

この時、胸に去来したのは、「そうか、ここ1年ほど体調不良が続いていたのは、年のせいではなく(僕は当時60歳になっていた)、病気のせいだったのか」という納得感のようなものだった。病気を公表した直後の7月下旬に受けたゲーテの取材で、「病気がわかってショックだったか?」と聞かれた時、僕はそう答えた。

人気が高い人間ドックと、この病気の権威であるドクターの予約が、自分がたまたま空いている日にとれるなど、「ツイている」と思うことが重なったとも話した。さらに、余命10年とわかったおかげで自分の生き方を見直すことができたのだから、病気になったのはむしろラッキーだったとも。

それらの気持ちに噓偽りはないし、虚勢を張っていたわけでもない。ただ、病気の告知から1年以上経った今、改めて考えると、やはり告知された時の僕は動揺していたのだと思う。いつもなら他人の発言に対して詰めまくるのに、その時は医師の言葉になんの意見も疑問も投げかけず、ただ「そうですか」と頷いてしまったのだから。

岸博幸氏
岸博幸/Hiroyuki Kishi
1962年東京都生まれ。1986年に一橋大学を卒業し、通商産業省(現経済産業省)に入省。小泉内閣で竹中平蔵大臣の秘書官等を務めた後、2006年に経産省を退官。現在は慶應義塾大学大学院教授や企業・団体の社外取締役等を務める傍ら、メディアでも活躍。

多発性骨髄腫になってやめたこと・始めたこと

そもそも、その時医師が僕に告げたのは、「岸さんの年齢なら、適切な治療をすればあと10年や15年は大丈夫です」という言葉だった。それに対して、「つまり余命10年か15年ということですか」と確認するのが怖くて、“勝手に”余命10年だと理解してしまった。病気になってしまったのだから悪あがきしても仕方がない。半ばあきらめに近い気持ちで、余命10年を受け入れたようなものだ。

それが変わってきたのは、2023年3月と7月下旬から8月中旬にかけての入院中。自由な時間が持てたおかげで、かなり大まじめに自分に残された時間をどう生きるかということを考えることができた。そこで気づいたのが、ここ10年くらいは、仕事や家族などを言い訳に、自分が本当にやりたいこと、やるべきことをやってこなかったということ。

50歳手前までは、自分がやりたいと思うことは絶対に実行してきたのに、子供が生まれて以降、自分なりに多少仕事や遊びをセーブし、「本当にやりたい仕事」より「生活のための仕事」にウエイトを置くようになっていた。家庭を持つ身としては当たり前のことかもしれない。でも、ずっと好き勝手してきた身としては、その生活が100%ハッピーとは言い難いというのが、正直な気持ちだ。

そこで僕は決意した。家族には申し訳ないけれど、この先の10年は僕自身の“ハッピー”(自分が本当にやりたいことを最優先にし、自己満足度を高めること)と“エンジョイ”(新しいことに積極的にチャレンジし、人生の幅を広げること)のふたつを追求し、自分らしく生きようと。

“ハッピー”と“エンジョイ”の追求をはじめ、病気になったことで、さまざまな気づきを得られたし、これまでの考え方や価値観にも少し変化があった。人の優しさや世の中の温かさを実感し、これまでの自分の不遜さを猛省した。頑固おやじの一方で過保護だったことに気づき、今後は子供の自主性を尊重しようと教育方針を軌道修正した。

自分が本当にやりたいのは政策がらみの仕事だということを再認識し、日本が抱える深刻な問題とその解決策を自分なりに考えることもできた。僕と同じく余命宣告を受けた人や、定年を迎えて残りの人生に想いを馳せる人に知ってほしいこと、輝かしい未来が待ち受けている若い世代にぜひ伝えたいことも、たくさん出てきた。病気を売りにするつもりはまったくなかったけれど、「そんな僕の想いや考え、提案に背中を押されて一歩を踏みだせる人がいるのならば」という気持ちで、本を書いた。

病気判明から1年が経ち、僕の余命は9年になってしまった。どこまで実現できるかわからないけれど、これからもハッピーとエンジョイを追求しながら、病気になったおかげで気づけた“天命”を全うし、日本をよくするために少しでも貢献したいと思っている。

TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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