PERSON

2023.09.07

バブル時代は他人の不倫なんて見向きもしなかった【山路徹×岸博幸】

慶應義塾大学教授・岸博幸先生が、各分野で活躍するいま気になる人と対談する不定期連載企画「オトナの嗜み、オトコの慎み」。今回の対談相手は、ジャーナリストの山路徹氏。【過去の連載記事】

岸博幸氏(左)と山路徹氏(右)
山路徹/Toru Yamaji(右)
1961年東京都生まれ。TBSなどを経て、紛争地専門の独立系ニュース通信社「APF通信社」を設立。2021年には問題を提起する場として「ジャーナリスト山路徹のYouTubeチャンネル」を開設。

マナーと法律を守って、好きに生きろ

 今回の対談相手はカンボジアやパレスチナ、ボスニアといった紛争地域を取材し、現地の状況を生々しく伝えたジャーナリストの山路徹さん。現在はそうした活動に加えて、受動喫煙問題に取り組んでいます。山路さん、どうしてたばこをテーマにしようと?

山路 まず、僕は愛煙家です。加熱式たばこよりも紙巻き派。根っからのたばこ好きです。だから、たばこ好きな人が快適に感じる環境を整備したいなと思って。

 山路さんは自身のYouTubeチャンネルで、「シリーズ“STOP! 受動喫煙”」と題して、動画を発信しています。今の時代、たばこを取り上げるだけで批判が集まるんじゃないですか。

山路 批判や炎上はほとんどないですよ。僕の主張は、喫煙所はたばこを吸う人のための施設と思われがちだが、非喫煙者の人たちにとっても受動喫煙を防ぐというメリットがある。喫煙所が増えれば、両者が快適になるんです。

 喫煙所をつくるというと、「そんなものに金出すな!」って怒る人がいる。

山路 嫌煙ムードの拡大によって、街中から一気に灰皿が消えたでしょう。その結果、喫煙者はビルの陰で隠れて吸ったり、吸い殻をポイ捨てしたりする。たばこが吸える場所を減らしたって、何ひとついいことはないんです。喫煙者はたばこ1本のうち、6割以上を税金として払っている。その金を使って、吸う人も吸わない人も共存できる社会をつくっていくべきです。

 それが多様性のある社会ですよね。

山路 ちょっと工夫すれば、喫煙所の価値はもっと高くなる。横浜駅近くに「投票型喫煙所」というのがあって、灰皿に「今飲みたいのはビール? ハイボール?」「人生に大事なのは金か、愛か」といった質問が書かれています。灰皿にはふたつの投入口がついていて、どちらかに吸い殻を捨てるというシステム。ポイ捨ては減るし、企業はマーケティングリサーチなどに活用することができるんです。

 面白い。発案した人は政治家よりも優秀(笑)。

山路 そうした活動もあって、喫煙者のマナーはずいぶん高くなったと思う。それで批判好きの人は叩くものがなくなったのか、最近ではアルコールに矛先が向き始めているように感じる。

 確かに。厚労省はWHOの方針に右に倣えだし。

山路 たばこも酒も、確かに身体に悪い面はないとはいいません。アルコール依存症に苦しんでいる人も世界的に多いわけだし。でも、それはその人の生き方次第です。法律やマナーを守れば、「身体に悪くても、それがオレの生き方だ」でいいじゃない。

なぜ日本は人と違う生き方が批判される国になったのか?

 日本は叩いていいとなったら、総動員で叩く国。どうして日本は、人と違う個性や生き方が批判される国になったのですか?

山路 「和を以て貴(とうと)しとなす」という精神が日本人の根底にあることでしょうね。表面上の倫理観を大切にし、そこからはみだす人を許さない。その意識をメディアがさらに煽っている。最近では、広末涼子さんと鳥羽周作さんの騒動。あんな話題、放っておけばいいのに。ヨーロッパでは、あれほど騒がれることはない。

 景気低迷が長く続いている影響もありますよね。

山路 そのとおりです。バブル時代は他人の不倫なんて見向きもしなかった。自分が幸せを感じていれば、人のことはどうでもいい。不景気のフラストレーションが蓄積されているんです。

 ただ、景気の底上げが見えてこない。表面的には株価が上がり、景気が上向いているように見えるけど。

山路 貧富の差は拡大するばかり。儲かっている企業はたくさんあるのに、思い切ったことができない。例えば、電気自動車。フォルクスワーゲン社がEV事業の強化に向けて5年間で約26兆円を投資すると発表した。でもトヨタは約3分の1の予算。VW社よりも儲かっているのにね。

 一億総中流時代のツケが回ってきている。未知の世界へ踏みだす冒険心がなく、想定したモノしか生まれない。打開策はある?

山路 国民ひとりひとりが「みんなと同じことが正しい」という考え方を捨てるべき。僕は日本って戦争を簡単に起こせる国だと思うんですよ。政府が情報をコントロールし、メディアが扇動し、大勢が同じ方向へ進みだせば戦争はすぐに始まってしまう。戦争反対派のことを非国民と呼び、叩きつぶしていけばいいんですから。第二次世界大戦が開戦した頃と、現代は似たようなムードになりつつあると思うんです。

 確かにそうした不安を感じる機会は増えました。

山路 だからこそ、各個人は自分の考えを貫いて、自由に生きればいい。よく人から「ボスニアの戦場に行かされて、大変でしたね」というような言い方をされることがある。決して行かされたわけではありません。戦場には行きたくて行っているんですから。自分と他人の感覚が同じだなどと思わないほうがいい。

 それも日本ではネガティブな見方をされることが多いですよね。SNSを見れば、一目瞭然。

山路 アメリカと日本のSNSはまったく違います。日本のSNSやヤフコメには、批判や叩きが溢れているでしょう。アメリカにも便所の落書きのようなどうしようもないものはあるけれど、意外にリスペクトを感じるポジティブな言葉が多い。他人の足を引っ張ってやろうという人は少ない印象です。

 辛い時代にこそ、他者への配慮やリスペクトを忘れずに生きていきたい。日本が立ち直るには、そこから始めることですね。

座って話す岸博幸氏と山路徹氏
岸博幸/Hiroyuki Kishi(右)
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。経済財政政策担当大臣、総務大臣などの政務秘書官を務めた。現在、エイベックスGH顧問のほか、総合格闘技団体RIZINにも携わる。

TEXT=川岸徹

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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