慶應義塾大学教授・岸博幸先生が、各分野で活躍するいま気になる人と対談する不定期連載企画「オトナの嗜み、オトコの慎み」。今回の対談相手は、エコノミストの門倉貴史氏。【過去の連載記事】
規制が行きすぎると頭を使わなくなる
岸 今回のゲストはエコノミストの門倉貴史さん。門倉さんは3年前にご結婚され、今年の春に第一子が生まれたそうですね。まずは、おめでとうございます。
門倉 ご丁寧にありがとうございます。
岸 僕はちょうど60歳になったところで、下の子供はまだ小学生。門倉さんは51歳で、子供が今年生まれたばかり。我々は、まだまだ元気に働かなければならない。門倉さんは“遅い子供”ということに、プレッシャーを感じていますか?
門倉 プレッシャーは、まったくないですね。ひと昔前と時代は変わり、今は70代でも平気で働く世の中になったでしょう。50歳での第一子が遅いとは全然思わないんですよ。ただ、以前よりも健康には気を遣うようになりました。
岸 ですよね。そこで今回は門倉さんとともに「健康経営」というものについて考えてみたいと思います。健康経営というのは、「企業が従業員の健康管理を経営課題とし、戦略的に取り組む経営手法のこと」と定義されている。で、この健康経営への取り組みが優れた法人を顕彰する「ホワイト500」という認定制度が経済産業省主管で始まった。これ、なんかバカげた制度だと思うんですよ。
門倉 僕もそう思いますよ。どうして国がやらなきゃいけないのかって。企業が従業員の健康を守るのは当たり前。メンタルヘルス対策とか、ワークライフバランスの向上とか、各企業が個別で力を注ぐべきことです。
岸 でも、国が言った以上、企業は従わなければいけない。健康経営の評価項目のなかには「受動喫煙対策」というのがあって、それを遵守するために「敷地内すべてを禁煙にする」「在宅勤務中も喫煙禁止にする」といった企業も出てきている。
門倉 リモートワーク中の自宅でも吸えないって、おかしいでしょう。なぜ、そこまでしなければいけないの? 日本はゼロリスク思考が強くて、悪と決めたら徹底的に叩き潰そうとする。でも、たばこは合法で、吸う権利が認められている。ストレス解消に役立ち、たばこでメンタルが落ち着くという人もいる。もっと自由に吸わせてあげればいいのに、って思います。もちろん、マナーを守ることが前提ですが。
岸 企業で働く人は子供じゃないんだから、各個人で判断すべき。従業員の健康を守るっていうきれいなフレーズで、企業側が管理を強めているようにしか見えない。たばこを吸うのも、その人の権利。規制を強化すると、人間は頭を使わなくなるだけ。ここで吸っていいのか、それとも悪いのかすら、考えなくなってしまいます。
門倉 規制が少ない寛容な社会のほうが、イノベーションが生まれやすいといわれますよね。
岸 そのとおり。敷かれたレールの上で生きていたら、新しい発明は必要ない。だから日本では、「あの大ヒット商品をさらに便利にしました」というような二番煎じしか出てこない。健康経営に極端な対策を取っている企業に聞いてみたいな。「たばこを吸うけど超優秀な人と、たばこは吸わないけど仕事ができない人。どちらを雇いますか」って。
門倉 なんて答えるでしょうね。最近、マッチングアプリの結婚条件の項目に「非喫煙者に限る」と入力する女性が増えている。僕はその女性たちに聞いてみたいですね。「年収300万円の非喫煙者と、年収1000万円以上の喫煙者。どちらを選びますか」と(笑)。
岸 迷うことなく、1000万円以上だろうな(笑)。日本の嫌煙ムードは時代に合っているように見えて、実は時代を大きく逆行している。ダイバーシティだの、LGBTだのっていわれる世の中で、明らかにマイノリティを排除しようとしている。喫煙者と非喫煙者が、お互いを気遣いながら共存していくことが必要なのに。たばこに厳しいといわれるシンガポールだって、1ブロックに1ヵ所以上の喫煙所があるくらい、吸いやすい環境が整っている。
寛容な社会の実現が求められている
門倉 日本は喫煙所をもっと増やすべきです。たばこ税は国と地方の大きな財源になっている。消費税の税収1%分に相当するのです。その一部でいいから、喫煙者のためにもっと有効に使ってほしい。
岸 喫煙所が少ないと、かえってマナーが悪くなる。灰皿がないし、誰も見ていないからと、ついポイ捨てしてしまう。一時期、コロナ対策で街中からゴミ箱が消えたことがあったでしょう。その結果、ゴミのポイ捨てが増えて、かえって逆効果になってしまった。
門倉 灰皿撤去は決していいことではありませんよね。
岸 今、日本の未来は決して明るいとはいえない状況。政治への信頼は下がる一方だし、来年以降も物価高を感じる時代がしばらく続くと思う。そんななかで海外から観光客が戻ってくるのは、明るい材料のひとつ。海外の人に快適に過ごしてもらうためにも、グローバルな視点での多様化がますます重要な課題になってきます。
門倉 日本人のひとりひとりが、もっと寛容になることが求められていますよね。ところで、岸先生はたばこをやめようと思ったことはないんですか?
岸 自慢じゃないけど、一度もありません。たとえ1箱1000円になっても吸い続けます(笑)。ストレス発散、気分転換、アイデアの創出の原動力になっていますから。
門倉 最近は加熱式たばこを選ぶ人も増えていますよね。煙がほとんど出ない製品も多く、周囲へより強く配慮することができる。ハーム・リダクションの観点からも注目を集めています。
岸 僕は慣れもあって紙巻きが手離せませんが、加熱式たばこもいいものだと思う。選択肢が増えることは嬉しいし、それが多様化ということだと感じる。酒にしろ、たばこにしろ、嗜好品は大切な文化。好きな人が楽しめばいい。僕は周囲に配慮しながら、たばこという文化を受け継いでいきたいと思っています。
Takashi Kadokura
エコノミスト
1971年神奈川県生まれ。’95年慶應義塾大学経済学部卒業。銀行系シンクタンクなどを経て、現在はBRICs経済研究所代表。メディア出演や執筆、講演など幅広く活動。著書に『日本の「地下経済」最新白書』(SB新書)など。
Hiroyuki Kishi
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。経済財政政策担当大臣、総務大臣などの政務秘書官を務めた。現在、エイベックスGH顧問のほか、総合格闘技団体RIZINの運営にも携わる。