慶應義塾大学教授・岸博幸先生が、各分野で活躍するいま気になる人と対談する不定期連載企画「オトナの嗜み、オトコの慎み」。今回の対談相手は、オリックス シニア・チェアマンの宮内義彦氏。

勝ち目はなくても戦うべき時がある
岸 今回の対談相手は私が敬愛するオリックス シニア・チェアマンの宮内義彦さんです。宮内さんとは約20年前に、小泉政権下で規制改革に取り組んだ時からの付き合い。当時、私は竹中平蔵さんの秘書官を務めていて、宮内さんは総合規制改革会議の議長として改革を引っ張る立場。オリックスのグループCEOという忙しい身でありながら、世の中をよくするためにここまで改革に全力を注ぐことができるのかと感動しました。
宮内 議長という立場になって、日本の社会は既得権益によってここまでガチガチに固まっているのかと実感しました。既得権益を持つ人たちが“俺の城”というものをつくり、テコでも動かない。でも、その城を崩してフラットな社会を目指さなければ経済の活性化はあり得ません。そこで志のある政治家や関係者とともに改革に乗りだしたものの、既得権益の恩恵を受けている人は改革なんて望まない。結局、改革派はマイノリティでしかなく、厳しい戦いを強いられました。
岸 マイノリティですから、世間からの風当たりも強かった。特に宮内さんはオリックス代表との兼務でしたから、「どうせ自社の利益のためにやっているんだろう」と一方的に叩かれた。
宮内 私個人とともにオリックスも非難され、会社にとってはマイナスしかありませんでした。でも、たとえ勝ち目はないとわかっていても、挑まなければならない戦いはあるんです。
岸 志の高い人が多かったように感じます。宮内さんやウシオ電機創業者で、日本生産性本部の牛尾治朗会長(当時)といった気概のある方が、己の利益にとらわれず、日本のために重責を担っていた。それが今の経営者や実業家は金を稼ぐだけで満足してしまう。世の中をよくするということに関心が薄いように見受けられます。
宮内 ひと昔前の企業のトップには、財界や経済界のために働くという意識があった。でも、今の経営者は自分の会社のことに没頭せざるを得ないんです。経済界の利益のために働いたら、株主総会で「お前は何をやっているんだ」と叱られてしまいます。
岸 だから、社会全体がよくならないんですよね。若い経営者には、「IPOがゴール」という図式ができあがってしまっている。
宮内 パブリックのために働くという機会や経験が限られていれば、当然そうなりますよ。上場後に「今後はパブリックのために働こう」と思っても、何をやればいいのかわからない。かといって、若い経営者のレベルが低いということではない。私の体感でいえば、昭和に比べて経営のレベルははるかに上がっています。レベルは上がったが天井が低すぎるというのが現状。
岸 天井を上げるには、どうすればいいのでしょうか。
宮内 やはり教育ですね。企業は何のために存在するのかという一番の基本をしっかりと学ばなければなりません。企業は資本主義社会における富の創造者。国民は企業が築いた富の分配によって、自分たちの暮らしが豊かになると期待しているわけです。ですから、企業は新しい価値を創造し続けなければならない。ゴールなんてないんですよ。
岸 日本の資本主義は、第二次世界大戦後にアメリカから入ってきた仕組みを表面だけ真似てつくり上げたもの。利益を出して、上場して、別荘を買って、それで終わり。本当の資本主義はそうじゃない。
宮内 別荘なんて私くらいの年齢になってから考えればいい(笑)。人生の最後の最後でいいんです。

1935年神戸市生まれ。1960年ワシントン大学経営学部大学院でMBA取得。1964年オリエント・リース(現オリックス)に入社し、1980年に代表取締役社長・グループCEOに就任。総合規制改革会議議長などの要職を歴任。
90歳を超えてなお学ぶ意欲を持つ
岸 宮内さんは今年(2026年)9月で91歳。すでに仕事から離れている方が多い世代ですが、宮内さんはなぜ旺盛な好奇心を持ち続けられているのでしょうか。
宮内 ただ単に、世の中知らないことばかりだからです。本を読み、テレビでドキュメンタリー番組を見て、新しいことを知る。同時に自分の知識を発信したいとも思う。
岸 宮内さんはSNSについて、どんな意見をお持ちですか。僕には現代の人からパブリックのために働くという意識がなくなったのは、SNSが大きな原因だと思えるのですが。
宮内 それは、そのとおりでしょうね。大勢の人がSNSに頼りすぎた結果、社会から全体感が消え、逆におひとり様文化が強くなった。私は昔の人間なので「社会がよくない方向に進んでいないか」と心配に思います。人間は群れることによって生きがいを持つもの。でも、若い世代には人と人との距離感がある社会のほうが生きやすいと感じる人もいるのかもしれません。
岸 AIの普及によって、分断化はより進んでいます。今やAIでレポートを書くのは当たり前だし、AIとばかり会話をしている学生もいる。AIは優れた技術ですが、付き合い方は難しい。参考書程度に留めて賢く使える人にはいいが、AIに自分の思考まで委ねてしまうようだと、知力の劣化を招いてしまう。今後、国民の格差は今以上に開いていくでしょうね。
宮内 これは日本だけではなく、世界的な問題。人間社会が大きく変わる転換点を迎えていると言っていいかもしれません。私の憂いが10年後にどうなっているか。これからもさまざまなことに好奇心を持って学び続けていきたいですね。

1962年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。経済財政政策担当大臣、総務大臣などの政務秘書官を務めた。現在、エイベックスGH顧問のほか、総合格闘技団体RIZINの運営にも携わる。

