GOETHEとファイナンスプラットフォーム「FINCHI」がタッグを組んだメディア「GOETHE Finance powered by FINCHI」。ビジネス界で圧倒的な実績を持つリーダーたちは、M&Aや投資などの「ファイナンス」をどのように捉え、活用しているのか。その最前線の思考に迫る連載を通じて、日本における「ファイナンス」をカルチャーとして定着させていく。日本中の企業家・投資家から「IPOの守護神」と称され、信頼を寄せられる丸尾浩一氏のコラム。”For Clients”丸尾のファイナンス実践講座第3回は、取引がほとんどないまま7年間通い続けた末に、大きな仕事へと結実したキーエンスとのエピソードについて。

世間に知られていなかった超高収益企業との出会い
皆さん、こんにちは。丸尾浩一です。
前回は、当時珍しかった「IR」でカプコンの証券会社の序列を覆した話と、社内慎重派を説得して行ったMIXIの資金調達の話をしました。どちらも、情報の力とリスクへの覚悟が、慣習や前例を覆した瞬間のお話です。
今回お伝えするのは、少し毛色の違う一件です。
皆さん、大阪に本社のあるキーエンスはご存知だと思います。センサーや測定器などの産業向け機械を中心に広く手がけており、営業力の強さからくるその高い利益率と社員の平均年収の高さでもよく知られています。
今でこそ日本を代表する企業のひとつとして名高いキーエンスですが、私が大阪の事業法人部に赴任してすぐ、キーエンスの担当になった当時の1990年代前半は、一部上場企業になってはいたものの、大阪の一企業にすぎないという見られ方をしてました。
しかし、この会社がどれだけすごいのかは、決算を見てすぐにわかりました。売上高の50%を超える利益率。しかもずっと右肩上がり。こんな会社が無名のままでいるはずがない、そう直感したのです。
大和証券社内では、「それはとてもいい会社だけれど、なかなかビジネスにはならないお客様なのではないか」という評価でした。実際、私もキーエンスに対して、資金調達や株価対策やIRなどさまざまなご提案をしたのですが、いつも丁寧に、しかしきっぱりと断られてしまうのです。なかなか証券会社としてはご一緒できる機会がありませんでした。

1960年大阪府生まれ。大和証券に38年在籍し、専務取締役などの役員を12年間歴任。一貫して投資銀行業務に従事。主幹事としてメルカリやラクスルなど、数々の大型スタートアップIPOを実現したほか、経営破綻した日本航空の再上場や、楽天グループ、KDDI等、上場企業の資金調達にも携わる。現在、起業家支援サービスを提供するMajor7thの代表取締役を務めながら、上場会社を含む複数社の社外役員等を兼務。
断られ続けた7年間の訪問
それでも私は、キーエンスは、たとえ目先のビジネスがなくても必ずコーポレートアクション(ファイナンスやM&Aのビジネスのこと)はどこかであるに違いないと確信して通い続けていました。ただ、ビジネスになるかどうかは別として、キーエンスという会社そのものが、この上もなくエクセレントな会社であり、私に多くの経営の示唆を教えてくれました。強い商品力は間違いないのですが、それに見合う強い営業力も備わっている。営業担当者はひとつのお客様にだけ頼り切った売り上げなどは評価されず、常に新規開拓を求められるのです。生半可な気持ちでは太刀打ちできないような厳格さが、この会社の社風のように感じられ、私は人知れず刺激を受けていました。
私は7年間、毎週のようにキーエンスへ通い続けました。新しいIR事例、マーケットの動向、他社の資金調達の話など、いつも必ず何かしら手土産になりそうな情報を携えて。「うちは結構です」と言われることがわかっていても、とにかく顔を出し続けました。また、自分だけではなく、定期的に、役員や東京にいる社長にもキーエンスのトップへの訪問は続けてもらいました。
上司からは「意味があるのか」と思われていたかもしれません。それでも私が通うのをやめなかったのは、キーエンスというこの素晴らしい会社といつか必ず大きな仕事をする日が来る、そう信じていたからです。

「株主増加策」に、全社を挙げて向かう
そうして通い詰めて7年目、ようやくチャンスが巡ってきました。
きっかけは、キーエンスが抱えていた、ひとつの悩みでした。企業が株式市場において上場し続けるためには、いくつかの条件があります。そのひとつに、株主を一定数以上に保っておかなければいけないというものがあります。
キーエンスは優良企業ですから、機関投資家はなかなか株を手放すことがありません。けれども、個人投資家は高株価だったため購入するにしてもかなりの資金が必要で、値上がりするとつい利益確定の売却をする傾向にありました。その結果、キーエンスの株は株主数が少なくなって流動性も低くなってしまいがちになり、当時の上場維持基準として必要な株主数の限界に近づきつつあったのです。
ただ、業績は好調なので、持っていれば株価も上がりました。会社としては株主にもきちんと報いている。それなのに、上場を維持できなくなるかもしれない危機の到来。この矛盾に、キーエンスは頭を悩ませていました。
そこで各証券会社による提案合戦が始まりました。私たちが持ちこんだ案は、シンプルなものでした。
いい株だからこそ価格が上がるので、個人投資家などがある程度利益確定で売却するのはいたしかたない。なので、売却が仮に出ても上場維持基準に抵触することがないくらいの数千名規模の新たな株主をつくるというものでした。
ただし、キーエンスからは、オーナー家が保有する株を一定数だけお預かりして、それを使って数千名の株主をつくらなければなりませんでした。なので、お客様おひとりに対して、販売するのは、基本、最低単位の100株と決めました。目的は株主“数”を増やすことなので、ひとりに大量に売っては意味がないからです。とはいえ、せっかく優良銘柄であるキーエンス株を大きく取り扱える機会なのに、ここまでの制限をかけては、大和証券にとっては効率の悪い商売になると、社内から疑問の声も上がりました。極端な例を言えば、1000人に10万円の株を売るよりも、10人に1000万円の株を売る方が、手間が少ないのは間違いありません。
我々がキーエンスに提案した目標株主数は、上場維持基準の数倍にあたりました。自分たちの効率だけを考えたら、上場維持に必要な株主数に達する分だけ売れば良い。でも、超優良株のキーエンスですから、中途半端な株主数では、今後も株価が上昇を続ければ、いずれまた流動性が低下する可能性があります。そうならないためにも、できるだけ株主数を増やすべきだと、私は考えました。つまりはキーエンスの将来性を信じているからこその提案です。
これは全社を挙げてやる価値がある仕事だと、社長を含め、個人向けの営業店を説得して、全国の支店を横断したプロジェクトとして大和証券全体で取り組みました。
この頃はキーエンスを訪ねるたびに、大和証券のトップたちにも同行してもらいました。それによって、組織としての本気度を伝えたかったのです。
結果として、私たちの提案が選ばれました。門前払いも同然の7年前を知る身からすれば、感慨深いという言葉では足りないほどの大成果です。7年間、ビジネスらしいビジネスがなかったお客様から、全社を挙げて取り組むほどの大きな仕事をいただいた。この経験はその後の私の仕事観に、大きな影響を与えてくれました。

ファイナンスを動かすのは「人」である
どれだけ相手に誠実に向き合えるか。カプコンでも、MIXIでも、そしてキーエンスでも、結局私が大事にしてきたのは、この一点に尽きるように思います。
目の前にある自分の損得の計算だけで動いていたら、7年間も通い続けることはできなかったでしょう。売り上げとは無関係のように見えた時間の積み重ねが、いざという時に選んでもらえる関係性の土台になっていたのです。
これは、いい結果を後から振り返ってそう言えるのかもしれません。効率が何より重視される今の時代には、少し古めかしい考え方と思われる気もします。それでも私は、ファイナンスの現場における人と人との信頼関係を、これからも大切にしていきたいと思っています。
次回の最終回では、上場するつもりはないと言っていた経営者を翻心させるに至った経験談をお話をしたいと思っています。
次回の講義も、どうぞお楽しみに。
(第4回:「『しない』と決めた経営者が動いた日 ―― ポピンズと『SDGs IPO』の大義」へ続く。)
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