GOETHEとファイナンスプラットフォーム「FINCHI」がタッグを組んだメディア「GOETHE Finance powered by FINCHI」。ビジネス界で圧倒的な実績を持つリーダーたちは、M&Aや投資などの「ファイナンス」をどのように捉え、活用しているのか。その最前線の思考に迫る連載を通じて、日本における「ファイナンス」をカルチャーとして定着させていく。日本中の企業家・投資家から「IPOの守護神」と称され、信頼を寄せられる丸尾浩一氏のコラム。第2回は、カプコンの上場後のファイナンスでの大躍進や社内の慎重論を覆し、ファイナンスのスタンダードを塗り替えたミクシィ(現・MIXI)の事例を通じ、情報の力とリスクへの覚悟が、ファイナンスの現場でどう働いたのかについて。第1回はコチラ

「IR」という発想で挑んだカプコン
皆さん、こんにちは。丸尾浩一です。 前回は、私の原点である大和証券のリテール営業時代についてご紹介させていただきました。目先の利益や社内の評価より、お客様の信頼という資産を積み上げたことで、激動の時代を生き延びてこられた――。今回は、その“For Clients”の姿勢で飛びこんだ、法人営業の世界での話に移ります。
1990年代の後半、私は大阪の事業法人部にいました。関西での約10年間のリテール営業を経て課長になった年、当時の支店長から「オマエは絶対に法人営業に向いている」と推薦されての異動でした。当初は、営業での仕事で多少の自信は持っていたものの、上場大企業のエリートが相手だったので、個人営業とは勝手が違い、とても緊張していました。
実際、その部署のお客様はファイナンスのプロフェッショナルなので、言葉巧みに自分を売りこもうとするだけでは、話も聞いていただけません。最新のニュースを読みこんで、知識を身につけて、市場に常に目を配り、先方の企業のことをよく調べて、それでようやく対等に会話をしてもらえる。
そこで向き合っていたなかの1社が、後に日本を代表するゲームメーカーとなった、上場したばかりのカプコンでした。当時、同社の主幹事は業界最大手の野村證券。大和証券は平幹事証券ですらなく、序列で言えば8番目くらいの「その他大勢」に過ぎませんでした。普通に考えれば、そこから序列を覆す目はほとんどありません。
では、どうしたか。私はカプコンが持つ「コンテンツの力」に着目しました。当時はテレビゲームが子どものオモチャから、コンテンツビジネスとして世に広く認知され始めたころで、ゲーム会社の事業性や資産価値を正当に評価する仕組みが、まだマーケットには乏しかったように思います。
当時、かなりの“ゲーム好き”(今でいう“ゲーマー”)であった私にとって、カプコンの価値や将来性は明らかでした。そうなると私の仕事は、それをどうやったら多くの投資家に知ってもらえるのか、ということになります。
そこで私が提案させていただいたのが、当時アメリカから入ってきたばかりの「IR(インベスター・リレーションズ)」という考え方です。 「会社のよさを、数字だけでなくストーリーとして投資家に伝えましょう。そして実際に株を買っていただき、安定株主となっていただきましょう」という、投資家への広報活動でした。私は、主幹事がまだあまりやっていなかった投資家向け広報を積極的に提案しました。日本ではまだなじみの薄かったIRについて、カプコンの方々と議論を重ね、決算の説明資料の作り方から投資家への伝え方までをストーリーとして一緒に組み立てていったのです。
時には役員と一緒に東京へ行き、機関投資家訪問にも同行しました。当時はまだ大阪の会社が東京に言ってIRすることはあまりなかったかと思います。事業の中身と将来像を丁寧に開示したことで、株式市場でのカプコンの評価は少しずつ変わっていきました。そんな地道な行動の積み重ねによって大和証券は、カプコンが2000年に東証一部上場した際、主幹事の野村證券に次ぐ2番手へと大抜擢をしていただきました。当時、幹事証券でもないのにこれくらいの抜擢はなかなか異例なことです。そしてその躍進を契機として、その後の転換社債の起債の際には、「丸尾さんに主幹事をやらせてやりたい」と当時の副社長から仰っていただいて、300億の調達を敢えて150憶×2本としていただき、主幹事を1本務めさせていただけたのです。
担当した当初はまったくといっていいくらい取引実績もなかったのに、また取引のほとんどない中で現場と一緒に汗をかき、経営層から信頼を勝ち取れた結果、金融機関ではなかなか難しいとされる序列の差をはねのけたのです。リテール証券からきた法人のこともなにもわからない私にとって、カプコンでの最初の仕事は、当時、カプコンが作った映画「ストリートファイター2」のチケットをリテールの支店長に頼んで売り歩いたことです。こんな泥臭い仕事しかできないけれど、地道に顧客のニーズを考えて時間をかけて動いていれば、「エクイティファイナンスの主幹事もとれるんだ!」と思いました。これが私の法人営業の初の成功体験でした。

1960年大阪府生まれ。大和証券に38年在籍し、専務取締役などの役員を12年間歴任。一貫して投資銀行業務に従事。主幹事としてメルカリやラクスルなど、数々の大型スタートアップIPOを実現したほか、経営破綻した日本航空の再上場や、楽天グループ、KDDI等、上場企業の資金調達にも携わる。現在、起業家支援サービスを提供するMajor7thの代表取締役を務めながら、上場会社を含む複数社の社外役員等を兼務。
「前例がない」と言われた増資
続いて、より踏みこんだ事例をご紹介します。スマホゲーム『モンスターストライク』で社会現象を巻き起こした、MIXIのケースです。
当時、私が担当となったMIXIは、岐路に立っていました。2006年に大和証券が主幹事となり上場をしていましたが、その後Twitterやfacebookといった外に向けて発信する海外のSNSが大人気となり、身内のコニュニティーで国内で大人気となっていた当時のMIXIのユーザーがどんどん離れていったのです。そしてそのSNS事業が苦境に陥り、上場当時は3000億あった時価総額が200億を切るところまで下がっていました。MIXIはその打開策として、起死回生をかけたソーシャルゲームに全力で取り組んでいました。2013年にリリースした『モンスターストライク』(モンスト)にヒットの兆しは見えていたものの、本当の大ヒットにするにはあと一手足りない。そこで、テレビCMなどの広告を一気に打って勝負をかけたい、という相談を受けました。
ただ、当時MIXIには資金が少なく、新株発行で資金を調達し、全額をモンストの広告宣伝費に充てるという計画です。IPO時から大和証券主幹事としてずっと並走してきたので、この大ピンチに当時の担当役員の私としてはMIXI復活の機会をぜひとも後押ししたいと考えました。公募増資による資金調達を行い、モンストの広告宣伝費に充てて大ヒットに導こうとして、部門に指示をしました。ところが、この計画に大きな壁が立ちはだかりました。身内である大和証券の審査部門です。
社内では、調達した資金の使い道が「すべて広告宣伝費」というのはエクイティファイナンスでは“前例がない”と言って――金融機関ではあるあるの前例主義なのですが――受けられないと言うのです。設備投資などのためではなく、CMを打つようなそんな不確実な資金使途ではエクイティファイナンスは認められない、との判断です。
そんな社内の見解に対して、私は即座に、これは違うと思いました。前例がないからこそ、やる価値があるし、モンストは各種の数字を見れば、非常にポテンシャルが高いゲームであることを私は確信していました。ここで広告を打てば一気にユーザー数を増やすことができ、利益が出て、株価も上がる。そう見こんでいたのです。

「リスクを取らない」というリスク
私は審査部門の担当役員のもとを訪れました。責任者は私の先輩であり、営業部門が審査部門へ直接赴くことは異例とも言える試みでしたが、私に迷いはありませんでした。チャートを示しながら、「今ここで仕かけなければ、いつやるんですか。必ずこのファイナンスでCMを打てばきっと株価は上がると思うので、ぜひ通してください。またこの苦境時のMIXIを助けてこそ、主幹事なのではないか」と、半ば「壁ドン」のような勢いで訴えかけました。
今になって思い返せば、先輩に対してかなり失礼な振る舞いだったかもしれません。でも、その時の私は、モンストへの期待とMIXIの将来に対する責任、そしてそのためには広告宣伝費こそが必要なんだという強い確信があり、何とかしたい一心での行動でした。
結局、私の熱意を汲んでいただき、案件は動きだしました。ただし、特例を認める代わりにひとつ条件がつけられました。調達した資金を「1円も残さず広告宣伝費として使い切ってください」と。
結果は、皆さんもご存知のとおりです。公募増資で調達した資金を使ってテレビCMを打つなど広告を大量投入した結果、モンストは大ヒットしました。MIXIの株価も急上昇して、その後、時価総額は約5,000億円を突破しました。投資家も会社も、そして我々証券会社も報われる結果となりました。
もしあの時私が、「社内のルールだから」と部下に言われて諦めていたなら、今のMIXIの姿はなかったかもしれません。それどころか大和証券は大きな機会を逃し、その果実は競合他社へと渡っていたことでしょう。
なにも自慢話をしたいわけではありません。ここで強調したいのは、ファイナンスにおいて大事なことは、リスクにしっかり立ち向かうことです。もちろん、闇雲に突っこむわけではありません。徹底的に顧客と話をして、事業の現場を見て、マーケットの声を聴いて、確信が持てたなら、たとえ社内の部門から反対を受けてもやり抜く。それが、フロントの顧客側につくプロとしての仕事だと今でも思っています。

ファイナンスを動かすのは「人」
こうした修羅場をくぐり抜けてきて、改めて気づいたことがあります。どれほど高度なファイナンスのテクニックやアイデアがあっても、それを実行するのは結局「人」なんだ、ということです。
「この人が言うなら信じてみよう」。そう思ってもらえるためには、それこそ商売になるかどうかわからないという時期から、どれだけ誠実に相手と向き合えるかが問われます。リテール営業時代でも事業法人部時代でも、どちらにおいても私の原点は“For Clients”でした。
次回は、取引がほとんどないまま7年間通い続けた、キーエンスのエピソードをお話しします。あの「超・高収益企業」の経営陣を動かし、取引にこぎ着けた理由とは何だったのか。そこには、現代のビジネスにも通じる関係づくりの機微が隠れているように思っています。次回の講義も、どうぞお楽しみに。
(第3回:「執念の7年 ――。 キーエンスに学ぶ関係性の機微」へ続く)
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