GOETHEとファイナンスプラットフォーム「FINCHI」がタッグを組み、新メディア「GOETHE Finance powered by FINCHI」を創設。ビジネス界で圧倒的な実績を持つリーダーたちは、M&Aや投資などの「ファイナンス」をどのように捉え、活用しているのか。その最前線の思考に迫る連載を通じて、日本における「ファイナンス」をカルチャーとして定着させていく。今回は、松竹ベンチャーズの代表取締役社長・井上貴弘氏を取材。130年の歴史を持つ国内有数のエンタメ企業・松竹が、スタートアップ投資に取り組む背景と展望を聞いた。

革新こそが、伝統あるグループの原点
伝統芸能である歌舞伎の制作、実写・アニメの制作・興行などを手がけ、エンタメ領域において日本で屈指の存在感を発揮する松竹グループ。そのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)として2022年に設立されたのが、松竹取締役常務執行役員で事業開発本部長の井上貴弘氏が率いる、松竹ベンチャーズだ。
「私たちのコンテンツは、国内シェアが大部分を占めており、少子高齢化によって市場はどんどん縮小していくだろう。その懸念から、松竹がCVCを構想し始めたのは2017年ごろのことでした」
当時は映像作品のストリーミングサービスが世界的に広がりを見せるなど、エンタメのさらなるグローバル化も予想されていた。
「1895年の創業から長きにわたってビジネスを継続できたのは、独自のノウハウを培ってきたからこそ。それは確かな一方で、右肩上がりの成長を描けていない現実もありました。
今後もグループが発展し続けるためには、新しい技術や知見を取り入れ、自らの事業をアップデートしていく必要があると考えたのです」
それは、松竹という企業グループの原点に立ち返ることでもあったのだと井上氏は語る。
「松竹は、劇場の積極的な買収・統合で歌舞伎の興行を拡大し、映画においても国内でいち早くトーキーやカラー作品を制作するなど、進取の精神によって礎を築きました。
そして、祖業である歌舞伎というコンテンツ自体がそうであるように、私たちも伝統と革新の両輪を回し続けることを大切にしてきました」
しかし、「企業として歴史を重ねるほどに、革新が起きにくい組織になっていた」のだという。
「従来の自分たちのやり方から脱却し、革新を起こしていく。そのうえで、人生を賭けて新しいビジネスに取り組むスタートアップ企業の経営者との連携が不可欠だったのです」

1968年兵庫県生まれ。1990年に阪急電鉄(現・阪急阪神ホールディングス)に入社し、在籍中に米国・コーネル大学大学院に派遣され、ファイナンスを学ぶ。2005年に松竹へ入社後、インターネット事業担当部長を経て、2011年より松竹芸能と松竹エンタテイメントの代表取締役社長を務める。2022年に松竹常務取締役事業開発本部長に就任するとともに、自ら設立した松竹ベンチャーズの代表取締役社長に就き、スタートアップ投資事業を牽引する。
未知の領域にエンタメの可能性を見る
そうして立ち上がった松竹ベンチャーズは、「既存事業とのシナジー」と「未知の領域からの学び」のふたつを軸に、投資を展開してきたという。投資先は、プロダクトやサービスがある程度確立された段階の企業がメインだ。
「『既存事業とのシナジー』の軸では、比較的短期での事業創出を狙っています。例えば、投資第一号となった企業は、被写体と仮想背景をリアルタイムに組み合わせる『バーチャルプロダクション』やAIなどの優れた技術を有します。映像分野で世界を目指す今の私たちにとって、これらは欠かせない技術です」
一方、「未知の領域からの学び」の軸ではこれまで、自動運転技術の開発や、気球による成層圏遊覧の実現を目指す企業などに出資してきた。
「これらの企業とパートナーシップを結ぶ際の基準は、中期的な視野で見た時に、私たちの手がけるコンテンツの可能性が膨らむかどうか。
自動運転の場合は、技術が完全に普及すれば、車内ですることが少なくなり、映像コンテンツなどに触れる時間が増えますよね。また、成層圏遊覧は、気球の打ち上げが天候に左右されることもあって、周辺の宿泊施設に1週間ほど滞在する必要があるのですが、その期間は私たちのコンテンツを楽しんでもらえるチャンスがあると考えています」
一見してエンタメとは縁遠い企業との協業の可能性は、 「事業について話を聞くなかで見えてくるもの。私たちは学ばせてもらう立場ですから、気になった企業にはこちらから出向きますし、相談をいただいた企業とは必ず会うことにしています」と井上氏。
また同社は、松竹グループとスタートアップ企業との事業共創を目指したアクセラレータープログラムを実施し、出資先を採択するなどの取り組みも行ってきた。
さらに2025年には、エンタメ領域に特化したインキュベーションスタジオ『EIGHT』を、高輪ゲートウェイシティ内に開設。現在約110社のスタートアップ企業が入居している。

「私たちのアクセラレータープログラムは、『私たちの課題を一緒に解決していきませんか』と呼びかけるもので、いわばスタートアップの皆さんの技術やサービスに『乗っからせていただく』形をとっていました。一方、『EIGHT』に入居する企業とは、ビジネスを創っていく早期の段階から協働していこうと考えています」
「EIGHT」と同じフロアには、松竹がインディゲームへの投資やパブリッシングを目的として2024年に立ち上げた新しい事業セクション、松竹ゲームズも拠点を置く。
「松竹ゲームズは非常に好調で、グループ全体における、新しい事業の柱に育てていきたいと考えています。海外とのつながりも開かれてきており、松竹ベンチャーズが昨年、ゲーム領域のアクセラレータープログラムを初開催した際にも、応募者の8割が海外からでした。また、事業パートナーであるデベロッパーとパブリッシャーも9割が海外の企業です。
今後、さらに海外展開を進めるとともに、ゲームのアニメ化や舞台化といった、グループ内での横展開を目指していきます」

世界に通用する作品には「魂」が不可欠
ファイナンスを通したパートナーシップは、日本のエンタメを巡る大きな潮流とも合致する。
「近年、日本のコンテンツに対する世界的な注目度が高まっており、政府としてもコンテンツ産業を国の『新たな基幹産業』と位置づけ、強く海外展開の後押しをしています。
世界に求められるエンタメをきちんと提供していくためには、国内市場とは異なり、様々な業種の企業と協力し合う仕組みが必要です。その形成に活きるのがファイナンスなのです」
CVCの運営を通して、井上氏が実感を深めた考えがある。それは、「ファイナンスとは、現在と目指す未来とをつなぐ架け橋」ということだ。実際に同社自身が、エンタメで世界に打って出るという未来を、ファイナンスによって実現しようとしている。
「だからこそ、スタートアップ企業の経営者のなかでも、『こういう未来を実現したい』というイメージを強く持っている人に惹かれます。そうしたある種の『妄想』が、情熱とロジックによってビジネスの『構想』となり、『事業計画』となり、具体化されていきます。そんな方々と、ぜひパートナーシップを構築したいと考えています」
特に、エンタメは想いの強さがものを言う世界だと井上氏は強調する。
「『人を楽しませたい』という純粋な想いが根本にないコンテンツは、お客様の心に響きません。コンテンツが国境を越えた時にはなおさらで、その時に日本での知名度などは意味を持たず、まずは『魂の込められた作品かどうか』ということを見られますからね」
スタートアップ投資という領域においての松竹は、「まだまだ新参者」との認識を示す井上氏。だが、130年という歴史で培われた有形・無形の膨大な資産を持つからこそ、スタートアップ企業との共創の可能性は大きく広がっている。
「私たちが有する豊富なアセットのなかでも、価値のある資産は我々の暗黙知となっているものが多い。これを、スタートアップの皆さんとの連携のなかで、再現性のある形式知に変えていきたいと考えています。
それができれば、スタートアップの皆さんにも、より役立つことができ、それは結果として、私たちの成長にもつながる。そうした好循環を、ファイナンスの力を活かし、実現したいと考えています」

――「松竹ベンチャーズ」は、ファイナンスプラットフォームFINCHIに資金提供者として登録しています。
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