GOETHEとファイナンスプラットフォーム「FINCHI」がタッグを組み、新メディア「GOETHE Finance powered by FINCHI」を創設。ビジネス界で圧倒的な実績を持つリーダーたちは、M&Aや投資などの「ファイナンス」をどのように捉え、活用しているのか。その最前線の思考に迫る連載を通じて、日本における「ファイナンス」をカルチャーとして定着させていく。今回は、2024年、Chatworkからkubellへ社名変更した同社を取材。リスクを伴う決断には、同社が注力するBPaaSを成功に導くための戦略があった。山本正喜CEOと井上直樹CFOのふたりに聞く。

社名変更が示す、BPaaSへの覚悟
2011年にリリースされ、日本のビジネスチャット市場を切り拓いてきたChatwork。プロダクト名と同じ社名を掲げて成長してきた同社だが、事業領域を拡大し、さらなる成長を遂げていくうえで、新たな戦略への思いが高まっていった。
「当初は中小企業のDXを進めるうえで、チャットの上にカレンダーや電子契約の機能を載せる『スーパーアプリ構想』(※1)を描いていました。
しかし、仕事の現場で忙しい中小企業の方々からは『ツールを5個も6個も切り替えて使いこなせない』という声がものすごくたくさんあがってきたんです。
そこで行き着いたのが、SaaS(※2)とBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を組み合わせて、たとえば経理などの業務をこちらで丸ごと請け負いますよということ。お客様からチャット経由で指示をもらえれば、領収書の整理から経理システムを使った数字の入力作業までこちらにお任せくださいというものです」(山本氏)
(※1)スーパーアプリ構想
メッセージング、決済、EC、金融、交通など、人々の生活に欠かせない多様なサービスをひとつのアプリ(プラットフォーム)に統合し、完結させるエコシステム構想。
(※2)SaaS
「Software as a Service(ソフトウェア アズ ア サービス)」の略で、インターネットを通じてクラウド上のソフトウェアを利用する仕組み。
労働集約型と見られがちなBPO。しかし山本氏は、テクノロジーで効率化された次世代モデルのBPOにはビジネスチャンスがあると捉えていた。
そしてまだ日本では普及していなかった「BPaaS(ビジネス・プロセス・アズ・ア・サービス)」というビジネスモデルを見つけだし、自社の戦略の核に据えた。
しかし2023年2月の決算説明資料でこのコンセプトを打ちだすと、投資家からは強い懸念を呼んだ。
「投資家からすれば、チャットの会社がなぜそんなアナログで非効率な他分野に手を出すのかと。そこはそうではないということを丁寧に説明をしていきましたが、実際にお客様からの反応も最初はよくなかったんです。
例えば『経理の代行をします』と営業に行くと、『なんでチャットの会社が?』と言われてしまい、コンセプトを理解してもらうまでに、すごく時間がかかっていました。このままChatworkという社名でやるのは難しいなと考えたんです。
以前からチャットだけの会社だと思われることに窮屈さを感じていたこともあり、2024年7月に社名を『kubell』へと変更しました」(山本氏)
この大きな決断に際し、リスクをコントロールする立場である井上氏にも、冷静な判断があったと明かす。
「社名変更は『プロダクト名(Chatwork)は変えない』という前提でした。そうであれば、ユーザーに対する認知リスクは最小限に抑えられ、認知のためのコストも大きくかからない。新たな戦略を推進するための手段として、変えるメリットのほうが圧倒的に大きいと判断して、『GO』を出しました」(井上氏)

1980年大阪府生まれ。電気通信大学情報工学科在学中の2000年に兄弟による学生起業として創業。WEB開発を開始し、2004年にEC studio(現kubell)を設立。2011年にビジネスチャット「Chatwork」を企画・開発し、同サービスを国内最大級のビジネスプラットフォームへと成長させる。2012年「Chatwork株式会社」に社名変更。2018年、代表取締役CEOに就任。2019年に東証マザーズ(現グロース)への上場を果たし、2024年には社名をkubellへ変更、BPaaS(Business Process as a Service)のリーディングカンパニーを目指す。一般社団法人ビジネスチャット普及協会理事、起業家コミュニティでのメンターや各種カンファレンスの登壇実績多数。
CEOとCFOのバランスで描くファイナンス戦略
kubellの経営の強みは、ビジョンに向かって突き進むCEO=山本氏と、それをファイナンシャルな目線でコントロールするCFO=井上氏の絶妙なバランスにある。
利益率のコントロールに注意を要するBPaaSというビジネスに全張りしようとする経営陣に対し、井上CFOは敢えて厳しいカウンター(反論)を当てる役割を担う。
「BPaaS自体はきっちり売上が伸びるビジネスですが、労働集約的な側面からは逃れられないため、利益率を上げる難易度は高く、時間もかかります。
CFOとしては、投資家からの期待や蓋然性の観点から『本当にこの期間内にやりきれるのか』『実際に儲かるのか』を定量・定性の両面から厳しく見ていきました。今も投資効率や進捗の数字を突きつけながら、日々やり合っています」 (井上氏)
「僕とCOO(福田升二氏)は『攻め』スタンスなので、それに対して井上から『突っこみすぎじゃないですか』『IRR(内部収益率)はどうなんですか』とブレーキをかけてもらう。
このバランスがあるからこそ、大崩れせずに最速で進めることができるんです」(山本氏)
対立する場面もある山本氏と井上氏だが、長期的な企業価値向上のためには、現在のグロース市場の「ゲームのルール」、つまりは売上成長だけでなく利益成長も重視される環境にアジャストしていくことの重要性では認識をひとつにしている。
「井上も、攻めるべき時は攻めるためのファイナンス戦略を考えてくれるので、本当に心強い存在です。
そもそも市場のルールを無視して赤字を掘り続けても、株価が上がらなければ、よい条件での資金調達はできません。ルールを守りながらファイナンスを活用することが、結果的に最も遠くへ、最速で行ける方法だと考えています」 (山本氏)

1973年静岡県生まれ。早稲田大学卒。戦略系コンサルティングファームのローランド・ベルガーやデル等を経て、2008年にリクルート(現リクルートホールディングス)に入社、新規事業開発やM&Aに従事。2012年にIndeed社の買収案件を担当、その後PMIのためアメリカに駐在。2015年からはTreatwell買収後のPMI担当としてイギリスに駐在。帰国後2017年11月よりCFOとしてChatwork(現kubell)に入社し、2019年3月、取締役CFOに就任。現在は取締役 兼 上級執行役員CFOとして、同社の財務戦略、IR、および成長戦略の要となるM&A・PMIを統括する。
M & Aは結婚。式よりもはるかに生活が大事
kubellは投資する側としても、これまでに複数件のM&Aや事業譲受などの実績を重ねてきた。今後の成長戦略においても、M&Aを「必須の手段」と位置付けているようだ。
「その方針は大きく言えば2軸あります。ひとつは、BPaaSの規模を拡大する『BPO事業のロールアップ』です。
すでに一定の規模を持つBPO事業者をグループイン(100%子会社化)することで、オペレーション体制と顧客基盤をそのまま引き継ぎ、自社だけでは出せないスピードで連続的に事業を拡大していきます。
そしてもうひとつの軸は、組織の能力を拡張する『スーパーアプリ構想の推進』です。
プラットフォーム上に載せる、BPaaSに必須となるピース(機能)を戦略的に取りこんでいくアプローチです。
直近では、クラウド郵送サービス『atena』を運営するatenaのグループインが代表例です。これにより、これまで手が出せなかった物理領域のケイパビリティを獲得し、デジタル化前の領域まで一気にカバーできるようになったんです」(山本氏)
リクルート在籍時代に「メガ案件」と評された米国Indeed社のM&AとPMI(買収後の統合プロセス)を現地で主導した経験を持つ井上氏は、M&Aの成功法則を次のように語る。
「成否を分けるのは、突き詰めると『適切な価格での参画』と『PMIがしっかりできるか』の2点。この2点は密接に繋がっています。
IndeedのM&Aが成功した大きな理由のひとつは、当時はギリシャ危機や円高などの影響もあって、条件面で優位に進められたというところにあります。
もちろん事業や経営陣に対する選球眼があってこその話ですが、適切な条件があるからこそ、統合後に過度に相手を縛りつけず、彼らのポテンシャルを最大限に活かす『自主性を尊重したPMI』が可能になり、結果としてIndeedは爆発的に成長しました」(井上氏)
この思想は同社のM&Aにも色濃く反映されていると山本氏は語る。
「M&Aは本当に『結婚』と同じです。結婚式(ディール)は、ゴールではなくスタート。その後の結婚生活(PMI)のほうがはるかに大事。カルチャーやミッションへの共鳴を最重視し、完全に一体となることを目指すのか、敢えて独立独行でやっていくのかを見極めて、PMIの手法を変えています」 (山本氏)
足元の東証グロース市場の冷えこみやIPO基準の厳格化といった「逆風」に対しても、ふたりの視界はどこまでも明るい。
「市場が冷えこんでいる今こそ、実は起業や投資の最大のチャンス。みんなが参入を躊躇している時に張る勇気を持つ『逆張り精神』が重要です。
AIによる社会変革が起き、既得権益がブレイクスルーされるタイミングで、トレンドに振り回されず前を向く。市場はサイクルを繰り返しますが、本質的な価値は長期的には必ず上がっていきます。
我々と同様にこれから挑戦しようとする方々には、環境に流されないアントレプレナー・スピリッツを持ってほしいですね」 (山本氏)
「現在の市場環境は、かつてのように赤字を無視してアクセルをベタ踏みできない分、徹底的なリスクコントロールと堅実な経営力が試される時期。
kubellも今は投資にかなりメリハリをつけていますが、そのおかげで組織が筋肉質になり、生産性が上がっています。この『しゃがんでいる時期』をポジティブに捉えてやりきった企業こそが、次のフェーズへと大きなジャンプができるのだと信じています」 (井上氏)

――「kubell」は、ファイナンスプラットフォームFINCHIに資金提供者として登録しています。
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