2018年の就任以来、森保一監督を8年間追い続けてきたフットボールジャーナリストが迫る。スウェーデン戦を終えて。【特集 2026FIFAワールドカップ】

本気のブラジルと戦えることが楽しみ
森保一監督の強気な采配は、グループステージ突破を確実にした一方、試合終盤に守備の不安定さを露呈させる結果となった。
6月25日(現地時間)、日本はグループリーグ第3戦でスウェーデンと対戦した。試合前の順位は以下のとおりだった。
1位:オランダ(勝点4・得失点差+4・総得点7)
2位:日本(勝点4・得失点差+4・総得点6)
3位:スウェーデン(勝点3・得失点差±0・総得点6
4位:チュニジア(勝点0・得失点差-8・総得点1)
日本はこの試合の結果および同時刻開催のオランダ対チュニジア戦の結果により、順位が首位から3位まで変動する状況にあった。理想は得点数でオランダを上回っての首位通過。最悪のシナリオは敗戦による3位転落、および27日の他会場の結果を待っての敗退であった。
前節で4-0と大勝したチュニジアはFIFAランクで59位だったが、スウェーデンはそれよりも上位の36位。それでも日本の17位に比べれば大きく下位で、ランクだけ見れば大量得点を狙えると思えるかもしれない。
しかし引き分けでもグループリーグ突破がほぼ確定するスウェーデンと、同じく引き分けで2位が確定する日本という両者の立場は、冒険主義的な試合展開を生まなかった。
また森保監督は慎重だった。チュニジア戦後の記者会見では「大量得点という考え方、我々が自然に勝てる、得点も好きなだけ取れるというような考えをしっかり締める」と宣言し、スウェーデン戦の前には「大量得点を狙いに行ってチームのバランスを崩し、選手起用を変えて、チームのやっていることが逆にバラバラになることの方がリスク」だと語って、実際にそのとおりの采配を見せた。
なぜならスウェーデンは「攻撃では本当にスピードがあって、推進力があって、世界的に点が取れるストライカーを擁している」と森保監督が恐れる選手が揃っていたからだ。右にアントニー・エランガ(ニューカッスル)、中央にヴィクトル・ギェケレシュ(アーセナル)、左にアレクサンデル・イサク(リヴァプール)と、プレミアリーグで活躍するアタッカー3名の封じ込めは日本にとって最大の焦点だった。
この3トップに対して、ボランチに守備的な選手を配置し、DF陣のカバーをさせるという考えもあるだろう。しかしそれではラインが下がってしまう。森保監督が選んだのは逆に相手のラインを下げさせるという策だった。
ボランチに鎌田大地と田中碧という、ともに縦への鋭いパス出しができる組み合わせを採用した。さらにインサイドハーフに前田大然を配置し、前線からの守備と同時に、裏への飛び出しを狙わせた。この意図は奏功し、スウェーデンは守備の重心を下げざるを得なくなった。結果として相手のアタッカー陣への有効なパスが減り、GK鈴木彩艶の好セーブもあって試合は膠着した。
それでも56分、上田綺世がキープしたボールを堂安律が供給し、前田が先制点を奪った。ワールドカップという場においても、ボールをキープして細かなパスワークで相手を崩した形で実を結んだのは、この4年間の日本の進歩を示していた。
しかし62分にエランガのゴールで追いつかれる。すると、試合の流れは相手に傾いた。森保監督は小川航基、伊東純也を投入して攻勢を維持しようとしたが、効果は限定的。75分には長友佑都、渡辺剛を投入し、同点維持も視野に入れた守備固めに入った。そして結果としては引き分けに持ち込んだものの、鈴木の活躍がなければ敗戦の可能性も十分にあった。
終盤の苦戦要因は、起用されなかった選手から推測できる。守備を締める佐野海舟や、コンディション調整中の冨安健洋を投入していれば、試合のクロージングはより安定していた可能性がある。
この2人を温存し、板倉滉を「早めに交代」させた判断は、中3日で迎えるベスト32を見据えたマネジメントの一環であったのは間違いないだろう。限られたリソースの中で勝点1を確保するという森保監督の計算は、最終的には成功したと言える。
森保監督はここまで、大会全行程を考慮した選手起用を行ってきた。決勝トーナメントに入れば強豪との連戦が続き、これまでとは違った総力戦が求められる。選手の調子を上げさせることも考えながら戦ったリーグ戦とは違い、今後は激戦の中で選手の成長を促しながらいかに戦い抜くかが焦点となる。
幸い、ベスト32を突破すれば中5日の日程が2回続く。回復期間を確保できる点は追い風だ。次戦はブラジルとの対戦が決まった。
森保監督は記者会見で「ブラジルとは去年日本で親善試合をして我々が勝っていますので、相手のモチベーションはさらに高いと思われます。そういう本気のブラジルと戦えることを私自身楽しみにしております」と語った。いつものようにニコニコしながらも、「恐れていない」と高らかに宣言したのである。

