黒一色で統一され、針が読めない時計が誕生して今年(2026年)で20年を経た。この時計は、何を示唆したのか? 最新作からその価値を探っていく。【特集 人生を豊かにするLUXURY WATCH】

見えない時計、黒の衝撃
時計は時刻を知るために存在している。だから時刻が読みやすいように、ダイヤルや針をデザインして視認性を高めている。
そんな当然の前提を覆してしまったのが、2006年にウブロから発表された“オールブラック”というコンセプトだった。この腕時計は「見えない可視性」をテーマに、ケースやブレスレットはもちろんのこと、ダイヤルや針、インデックスまですべてが真っ黒でまとめられていた。素材による黒の質感の違いで、おぼろげながらも時刻の判読はできるのだが、視認性を高めようという時計本来の考え方からは正反対にある。まさに常識外れの腕時計だったが、その斬新さに誰もが驚き、そして“見えない時計”に熱狂した。それはなぜか?
当時は携帯電話の最盛期にあり、「電話があるから腕時計は不要になる」と本気で議論されていた時代であった。そこで当時のウブロCEOだったジャン−クロード・ビバーは、今さら腕時計で時刻を確認しないだろうと(本気でそう思っていたわけじゃないだろうが)、敢えて時刻が見えない真っ黒な腕時計を発表したのだ。
さらに2007年には、ベル&ロスが“ファントム”というコンセプトを発表。最も視認性が求められる航空計器からインスピレーションを受けた時計なのに、敢えて視認性をそぎ落とすという二律背反したデザインで大きな話題となった。
見えないからこそ見えてくるものがある
たしかに正確な時刻を知る方法は、いくらでもある。当時の主力であった携帯電話はもちろんのこと、2007年にはiPhoneが発売され、より便利な時刻を知るためのデバイスが増えた。精度も高く、時差修正も自動で行い、永久カレンダーもついてくるのだから、伝統的な腕時計よりも高性能なデバイスが世の中に増えていることを否定する人はいないだろう。
しかし時刻を隠したことで、腕時計の純粋なる魅力である、歴史や文化、デザインや質感、そしてチクタクと時を刻む味わいといった部分に、光を当てるという効果はあった。見えない時計が我々に見せたのは、実用品ではない腕時計の本当の姿だったのだ。
いつしか見えない時計は、伝統ある腕時計の世界に、自由をもたらす存在となった。腕時計にとって時刻が見えないこと以上に尖ったコンセプトはない。これが許されるのなら、デザインや素材、機構などさまざまな部分であっても、もっと自由になれるのは当然だ。その後もスマートウォッチという驚異のライバルが誕生したが、それさえも腕時計をさらに自由にはばたかせるだけだった。
定番モデルの真っ黒化が進行中
衝撃的なウブロのオールブラックから20年が経ち、今では多くのブランドから“見えない時計”が発表されている。この時計の特徴は、最も尖ったコンセプトであるからこそ、人気モデルほど効果があるというところにある。誰も知らない新作が真っ黒であることよりも、すでに多くのファンがいる定番が真っ黒になって登場するほうがインパクトは大きい。特にそれがチューダーのように実用性を重視するブランドや、IWCシャフハウゼンの「ポルトギーゼ・クロノグラフ」やオメガの「スピードマスター」のような誰もが知るマスターピースが、突然真っ黒になったのなら、その衝撃度は極めて大きいだろう。
しかも黒はフォーマルな色なので、スーツなどビジネススタイルとの相性もよい。あらゆるファッションとも合わせやすく、時刻は見えないものの、カラフルダイヤルよりも使い勝手のいい腕時計であるのも事実だ。つまり手元で個性を表現したいと考えるなら、意外にも正統派の選択肢ともいえるのだ。
時間を巡る哲学的な思想から生まれた時代の寵児は、20年という時間を経て、ひとつのスタイルとして定着した。すべてが黒くて見えない時計から、時代が見えてくる。
1.ウブロ|クラシック・フュージョン ヨウジヤマモト オールブラック カモ
パリコレクションのデビュー時に、黒の衝撃と称されたヨウジヤマモトとウブロのコラボレーション第4弾。ダイヤルには、黒べースのカモフラ柄を取り入れ、黒という色の多様さを表現。世界限定300本。

2.チューダー|ブラックベイ セラミック
セラミックケースを纏う人気のタフウォッチの新作は、針やインデックスの夜光塗料に、ダークグレーを採用。暗所では明るく光って視認性を確保する。さらにブレスレットもセラミック製となり、精悍さが増している。

3.IWC|ポルトギーゼ・クロノグラフ・セラタニウム®
人気のクロノグラフをベースに、ケースに独自素材のセラタニウム®を採用し、優美なリーフ針や端正なアラビア数字のインデックスもブラック化。ストラップはラバーにして、これまでにない新しいスタイルを提案。世界限定1500本。

4.オメガ|スピードマスター ダークサイド オブ ザ ムーン
半世紀ぶりとなった有人月周回飛行ミッション「アルテミスⅡ」が話題だが、このモデルは地球上からは見えない月の裏側(ダークサイド オブ ザ ムーン)を表現した真っ黒なムーンウォッチ。ダイヤルもセラミック製なので、深い黒の世界が美しい。

5.ベル&ロス|BR-05 スケルトン ファントム セラミック
モダンな角型ケースや肌あたりのよいブレスレットはセラミック製。ヘアラインとポリッシュで仕上げ分けることで、立体感を引きだした。スモークサファイア越しに覗くスケルトンムーブメントにより、全体をブラックトーンで統一。世界限定500本。

mm。¥1,485,000(ベル&ロス/ベル&ロス ブティック銀座 TEL:03-6264-3989)
この記事はGOETHE 2026年8月号「総力特集:人生を豊かにするLUXURY WATCH」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら

