電気自動車の普及で遅れをとっている日本において、テスラが順調に販売台数を伸ばしている。はたして、その理由はなにか?

東京は、世界で最もテスラが安い街
テスラは、2026年1月から6月の累計で、同社のミドルサイズのSUVであるモデルYが最も売れた輸入車だと発表した(JATOダイナミクスによる日本国内の新車登録データ)。
念のために付け加えると、これはBEV(バッテリー式電気自動車)に限らない全モデルの統計で、エンジン車もハイブリッド車もすべてひっくるめて、MINIよりもフォルクスワーゲン・ゴルフよりも売れたのがテスラ・モデルYということになる。
興味深いのは、大都市だけで売れているわけではないという事実だ。
テスラ・モデルYは19の都道府県で輸入車販売台数ナンバーワンに輝き、38の都道府県でトップ5に入っているという。都市部に暮らす一部の人だけでなく、広く支持されているのだ。

テスラが売れた理由のひとつに、高額の補助金の存在があげられる。補助金と助成金は予算に上限があり、期限が定められているものもあるので注意が必要であるけれど、机上の計算では以下のようになる。
国からのCEV補助金が127万円。
東京都在住であればZEV補助金の70万円に加えて、太陽光発電装置と充放電設備を設置するなどの条件を満たせば最大でプラス40万円。
市区町村の補助金もあって、江東区だったら「(次世代自動車用)地球温暖化防止設備購入助成」の適用で10万円。
ベースグレードのテスラ・モデルY Premiumの価格は558万7000円であるけれど、支払額が311万7000円になるというケースもあり得るのだ。ちなみにテスラは、「世界で最もテスラが安い街、東京」というキャッチコピーを使っている。
ただし、補助金はテスラに限らず、どのメーカーのBEVにも等しく適用される。テスラがひとり勝ちしたのは、2026年7月31日まで行っていた「燃料代3年間無料キャンペーン」によるところが大きい。

これは独自の充電設備であるテスラ スーパーチャージャーを利用した充電料金が3年間無料になるというもの。たとえば燃費が20km/ℓのハイブリッド車で年間1万km走るとすると、ガソリン消費量は500ℓ。リッターあたり180円で計算すると燃料費は年間9万円、3年間で27万円になる。テスラだったらこれがゼロになるということで、その差は大きい。
しかもテスラ スーパーチャージャーの最大出力は250kWで、日本のCHAdeMO規格の急速充電器の大半がせいぜい50kW や90kWにとどまるのと比べると、圧倒的に充電が速い。15分間で、最大で走行距離267km分の充電が可能なのだ。
しかも「クレジットカードの番号を入力しなきゃ」とか、「あっ、会員カードを忘れちゃった……」といった面倒な手続き抜きで、スーパーチャージャーはガチャンとケーブルをセットすればすぐに充電が始まる。

エンジン車の代わりではない、新しい体験

「愛車」というくらいだから、クルマは補助金が出るからとか、充電器の使い勝手がいいからという理由だけで買うものではない。
ステアリングホイールのほかには液晶パネルしか存在しない、ミニマルなインテリアが好ましいと感じる人もいるだろう。スターターボタンやシフトセレクターを操作することなく、乗り込んでシートベルトを締めてブレーキペダルを踏んだ瞬間に走行可能になる所作に魅力を感じる人もいるかもしれない。
あるいは、アクセルペダルを踏み込んだ瞬間のワープ的加速や、自動運転の雰囲気が味わえる運転支援装置を新鮮に感じる方もいるだろう。空調などを、アプリで遠隔操作できるのもおもしろい。

いずれにせよ、安全かつ快適に目的地に到着するとか、走る・曲がる・止まるといったクルマに求められる基本的な能力を一切犠牲にすることなく、テスラは新しい世界観を表現している。テスラに乗り換えると、生活や考え方が変わりそうな予感がする。
エンジン車の代替品としてではなく、テスラという新種の乗り物が人気を博しているようにも思える。
エンジン大好き、昭和のクルマ好きの代表である筆者ですら、テスラのホームページを眺めていると「決済に進む」をクリックしてしまいそうになるくらいだから、テスラが売れるのも納得だ。
高額の補助金、助成金でBEVを普及させることには賛否があるし、燃料費無料キャンペーンが持続可能とも思えない。けれどもテスラの取り組みを見ていると、日本でBEVの普及が遅れている理由がわかるような気がするのだ。

全長×全幅×全高:4800×1920×1625mm
ホイールベース:2890mm
車重:1990kg
駆動方式:フルタイム4輪駆動
0-100km/h加速:4.8秒
最高速度:201km/h
価格:¥6,476,000
問い合わせ
テスラ https://www.tesla.com/ja_jp
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。

