日本サッカー協会(JFA)は2026年9月1日、都内で第22回日本サッカー殿堂掲額式典を開き、初めて行われた女子部門の選手選考で澤穂希さんが殿堂入りした。2011年ワールドカップ・ドイツ大会で日本女子代表「なでしこジャパン」を優勝に導き、MVPを獲得。同年のバロンドール(女子年間最優秀選手)にも輝いたレジェンドの軌跡と現在に迫った。

澤穂希が日本サッカー殿堂入り
JFA名誉総裁の高円宮妃久子殿下もご臨席された殿堂掲額式典。女子選手部門で初選出された澤さんは壇上のスピーチで「ワールドカップの決勝より緊張しております」と背筋を伸ばした。
「殿堂の一員に加えていただけたことを、とても光栄に思っております。これからも日本サッカーの発展に少しでも貢献できるように頑張ってまいりたい」
JFAが2005年に創設した日本サッカー殿堂は、国内最高位の表彰に位置づけられる。22回目を迎えた今回は、選手選考の女子部門の投票が初めて行われ、澤さんは75%以上の得票をクリアした。
今回はJFA名誉会長の田嶋幸三氏、広島の総監督やJFA技術委員会副委員長などを歴任した故・今西和男氏も殿堂入り。掲額者は100人と3チームとなった。
JFA会長を4期8年務めるなど、長きにわたり日本サッカー界を引っ張ってきた田嶋氏は「日本のサッカーが世界に誇れる真のレジェンドは澤穂希さんしかいない。一緒に掲額されるのは、この上ない喜び」と強調した。
澤穂希の原点をつくったラモス瑠偉との出会い
澤さんがサッカーと出会ったのは6歳の頃。兄の所属するクラブでボールを蹴らせてもらい、シュートを決めた時の喜びは今でも鮮明に覚えている。
小学2年時に地元の少年サッカークラブに入団。女子が入団した前例がなかったため、1度は拒否されたが、母が「うちの娘でその歴史を変えてください」と掛け合い、入団が認められた。
チームでは男子に負けない技術と身体能力で主力の座を確保。6年生の全国大会では、女子であることを理由に出場できなかった苦い経験もある。
12歳で名門・読売クラブの女子ベレーザに入団。読売クラブの男子チームに所属していたラモス瑠偉氏との出会いが、サッカー選手としての転機となった。
読売クラブの男子と女子は同じ施設を練習拠点としており、ラモス氏は時間があれば女子のトレーニングにも度々参加。12歳の澤さんに容赦なく体を入れ、スライディングするなど手加減しなかった。
澤さんが36年間の日々を回想する。
「サッカーを始めて、一番衝撃を受けたのがラモスさん。当時、12歳の私に本気で向き合い“サッカーは男性も女性も関係ない。年齢も関係ない”と教えてくださった。本気でプレーをしてくれたことがすごくうれしかった。そのおかげで、私の負けず嫌いが、さらに磨かれた。その後のサッカー人生をラモスさんとの出会いが変えたと思います」
読売ベレーザで活躍した後は、米女子プロリーグやINAC神戸レオネッサでもプレーした。
日本女子代表には15歳で初選出された。女子ワールドカップに6大会連続で出場し、2011年ドイツ大会では優勝に貢献。東日本大震災で未曾有の被害を受けた日本国民を勇気づけ、チームは国民栄誉賞も受賞した。
オリンピックにも4大会出場。国際Aマッチ通算205試合出場83得点は、男女を通じて歴代最多記録を誇る。
引退しても続く女子サッカーへの恩返し。澤穂希が見つめる次の役割
2015年に現役引退後は主に普及活動に注力。JFAとウォルト・ディズニー・ジャパンが共同で実施する女子サッカー応援プロジェクトではプロジェクトキャプテンを務めている。
引退後もレジェンドマッチなど試合出場のオファーを受けるが「サッカーをやり切ったので、サッカーをやりたい気持ちが1%もない」と本気でプレーすることはない。
現在は宮間あやさんが日本協会の女子副委員長、近賀ゆかりさんが女子日本代表コーチを務めるなど、15年前のワールドカップ優勝メンバーが女子サッカー界で活躍している。
澤さんも2026年9月からJ3福島ユナイテッドのアンバサダーに就任するなど、徐々に活動の幅を広げている。
「今後は2011年の優勝メンバーの皆と何か一緒にやりたい思いがある。これからもサッカーへの感謝を忘れず、日本サッカーのために自分にできることを続けていきたい。女子サッカーに恩返しできればと思います」
2011年のFIFA年間最優秀選手賞(バロンドール)の授賞式では、アルゼンチン代表のメッシとともに栄誉に輝いた真のレジェンド。世界の頂点を知る澤さんにしかできない恩返しの形を、これからも模索していく。
澤穂希/Homare Swa
1978年9月6日生まれ、東京都出身。小学校2年の時に府ロクサッカークラブで競技を始める。読売ベレーザ、コロラド・デンバーズ、アトランタ・ヒート、INAC神戸などでプレー。日本女子リーグ10回、皇后杯 JFA 全日本女子選手権大会で11回の優勝など数々のタイトルを獲得した。女子日本代表には15歳で初選出され、デビュー戦で4得点の離れ業。ワールドカップは6大会連続出場で2011年大会優勝、2015年大会準優勝。オリンピックは4大会連続出場し、2012年ロンドン五輪でサッカー男女通じて初の銀メダルを獲得した。身長1m65cm。

