約5年ぶりに再開した、エイベックス会長松浦勝人による連載。現代を生きる数寄者が語る、社会のこと、仕事のこと、遊びのこととは。【その他の記事はこちら】

毎夜“限界を超えた退屈”と戦う辛さ
夜は眠れない。大学生ぐらいの時からずっとそう。レンタルレコード店でアルバイトを始めて、向かいのライバル店を蹴散らして自分のレンタルレコード店を出すことになると、いいことも悪いことも、考えられないようなことも毎日起こるようになった。そして夜になっても興奮がおさまらなかったり、不安や考えごとが頭をぐるぐる回って眠れない。毎日、「寝なきゃ」という義務感や「眠れないんじゃないか」という不安と戦ってきた。
父親も自分で事業をやっていたせいか、睡眠がうまく取れなくて眠剤を処方されていたので、あまりにきつい時は月に何度かもらって飲むようになった。それが僕と眠剤のつきあいの始まり。それ以来、僕は理想の睡眠を取ることを追求してきた。
「眠れなくて死ぬ人はいない、寝なくてもいつか眠くなって自然に寝る」とよく人は言うんだけど、夜、“眠いのに眠れない”というのはとてもつらい。起きているのか寝ているのか、よくわからない時間が永遠に続く。それなのに実際の時間は少しも進まない。退屈の限界を超えた退屈さと戦わなければならない。
エイベックスが大きく成長した30歳の頃になると、考えられないことばかりが起きるようになってさらに眠れなくなった。たまに平穏な時期があっても、もう眠れないことが習慣になってしまっているのか、やっぱり眠れない。そうすると、身体によくないと思っても、ついつい眠剤を飲んでしまう。そして、何か事件が起きるたびに眠剤の量が増えていく。
これではまずいと思って、医師と相談して限度の量を決めると、今度は、何もなくても毎日限度いっぱいに飲むようになってしまう。そうなると、副作用なのか、昼間も鬱っぽくなっていく。だるくて頭が回らない。眠剤をなんとかやめなければと思った。
眠剤って、世間ではやめることはほぼ不可能だと言われているけど、そんなことはない。人によって違いがあるのかもしれないけど、僕の場合は、簡単ではないけどやめることはできる。3週間ぐらいかけて徐々に減らして、完全に飲まない状態にまで持っていくことができる。フラフラしたり、変な汗をかいたり、昼間の会議中に急に眠くなったりという症状は多少出るけど、それも自然に時間とともに消えていく。
そうやって、眠剤をやめていた時期も何回かある。でも、その後、衝撃的なきついことが起きると、また飲み始めてしまう。
「あ、飲んでもいいんだ」
40代の時、あまりに眠れなくて、10日間ぐらい入院したことがある。診察を受けたら、すぐ入院してくださいと言われた。薬断ちのようなことをするのではなくて、医師が認める眠剤を医師が決めた用量で飲むのだという。その先生は「飲むなと言っても、退院したらどうせ飲んでしまうでしょう?」と言って、安全な用法容量には個人差があるから、入院中に僕の安全量を見極めようという治療を提案してくれた。
「あ、飲んでもいいんだ」と思った。やめなければ、やめなければと思ってきたけど、適量であれば飲んでもいいというのは、僕には新鮮な考え方だった。
深い睡眠、レム睡眠、浅い睡眠のサイクルを繰り返し、6〜8時間くらい眠るのが理想的だと言われるけど、僕の場合は合わないのかもしれない。眠剤を飲まずに、この理想に近い睡眠が取れることはある。でもその場合、起きてから身体がものすごくだるい。逆に眠剤を飲むとすぐに深い眠りに入って、4時間ぐらいで目が覚めてしまって、また眠れなくなる。そんな試行錯誤をこの30年やってきた。
僕は普段、横向きになって寝る。仰向けになると舌が喉に落ちて、いびきをかいてしまう。いびきを録音するアプリを使ってみると、自分でも驚くほど大きないびきをかいている。それで、CPAP(空気を気道に送るマスク)を装着して寝るようになった。
すると、今度はベッドのマットレスが気になるようになった。CPAPをつけずに横向きで寝るときは柔らかめがしっくりくるけど、CPAPをつけて仰向けで寝る時は少し硬めがいい。もう、いっそのこと柔らかいベッドと硬いベッドを2台並べようかとも思ったけど、人間って、違う場所だと気になって眠れないんだよね。
睡眠に関するものはだいたい買って試している。眠剤に関しても医師には何度も相談してさまざまなものを処方してもらったし、海外から取り寄せてもらったこともある。睡眠状態を測定するベッドも買ったし、酸素カプセルの中で寝てみたこともある。それでも、人生の中で一度も理想の睡眠を取れたと感じたことがない。すべての原因は、仕事で起きる考えられないような数々のできごと。でも、この仕事に就いたことは少しも後悔していない。
松浦勝人/Masato Matsuura
1964年生まれ。エイベックス会長、音楽プロデューサー。24歳でエイベックス創業、ユーロビートブームの発信源となる。浜崎あゆみ、TRFなどのプロデュースを手がけた。
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