約5年ぶりに再開した、エイベックス会長松浦勝人による連載。現代を生きる数寄者が語る、社会のこと、仕事のこと、遊びのこととは。【その他の記事はこちら】

成功した人が必ず持っているモノ
都内某所に「マリア」というクラブがある。おそらく、みなさんのなかでマリアに行ったことがある人は、まずいないのではないかと思う。なぜなら、エイベックス専用のプライベートクラブだから。
防音設備が完備したクラブスペースを中心に、食事ができるスペースがあり、ワインセラーがあり、専属シェフがいる。海外からDJがやってきた時はマリアで遊んでもらうし、経営者との接待にも使う。音響設備が整っているので、楽曲制作やリハーサルなどにも使う。エイベックスの迎賓館であり秘密スタジオのような存在。
今、僕は、13人の顧問を務めている。年間1000万円の会費で、僕が知っていることならなんでも答えますという制度で、月に1回程度、1対1のセッションを行っている。ある時、その13人のメンバーが一堂に会し顔を合わせたら面白いのではないかと思って、全員をマリアに招待した。
すると、みんなびっくりした顔をしている。外から見ると、少し豪華な個人住宅にしか見えない。でも、想像を超えた空間が地下に広がっている。東京の住宅地の真んなかに、誰も入れない秘密の場所が存在しているということ自体に驚いている。その姿を見て、実は僕の方がびっくりした。もう、僕にとってマリアは昔からあって、そこで遊んだり仕事をするのがあたりまえで、日常の場所だからだ。
でも、僕も若い頃は、そういう秘密の場所が都会のなかにあるのを知ってびっくりしていたんだよね。エイベックスの事業が拡大すると、芸能界や実業界の先輩たちと知り合いになり、遊びに連れて行ってくれるようになった。成功した人、羽振りのいい人はだいたいびっくりするような秘密の場所をつくる。僕もそういう場所に招かれるようになって、「こんな世界があるのか」と毎回驚いていた。
僕の名前がメディアにも露出するようになると、普通に食事をしたり遊んだりすることが難しくなった。アーティストと食事をしているとそれが新しいプロデュースに結びつけられ、女性と食事をしているとそれが恋愛話と結びつけられる。
なじみの店を貸切にすればいいんだけど、これでは誰も驚いてくれないから面白くない。貸し切っていない時は、誰でも普通に利用できてしまうから。簡単には中に入ることができない、僕たちだけの場所が必要だった。そこに人を招くことに意味がある。
昔話を伝えていくことの必要性
都内のいい場所に土地を貸してくれるという方がいて、その場所にマリアを建設した。静かな住宅地にあるので、音漏れは許されない。地下20mまで掘削して防音加工を施したので、当時は、ミキサー車が行列して、近所から不思議がられるほどの大工事だった。
オープンしてから7年ほど経った時、地主が土地を手放すので買わないかという話があった。土地まではいらないと悩んだけど、また別のところに建設するのも経費がかかるので思い切って土地も購入した。結果、あのあたりの土地の価格はものすごく上がっていて、エイベックスの大切な資産になっている。
僕が若い頃に影響を受けた人は、必ずと言っていいほど秘密の場所を持っていた。そういう影響を受けた結果、自分でもマリアという場所を持つことになった。マリアに招待した13人のなかに、きっと僕と同じように影響を受けて自分の秘密の場所を持つ人も出てくるだろう。
「自分にとって大したことないことが、他の人にとっては大したことになる」ということを、最近よく考えるようになっている。マリアは、僕にとってはもはやエイベックスの施設のひとつにしかすぎなくなっているけど、初めての人にとってはやっぱり驚くし、そこに招待されたことを喜んでくれる。
僕がこれまで音楽の世界でやってきたことも、僕にとっては少し考えたら当然そうなるでしょ? ということばかりだし、もはや昔話になっていて、今の若い世代には役に立たないと思い込んでいた。でも、直接役に立たない話であっても、それを聞いた人が刺激を受けて、何かの役に立つんだったら、話してもいいのではないかと思うようになった。
あんなこともあったし、こんなこともあった。でも、誰にも言わなければ忘れられてしまうんだよなと、少し考えるようになっている。
松浦勝人/Masato Matsuura
1964年生まれ。エイベックス会長、音楽プロデューサー。24歳でエイベックス創業、ユーロビートブームの発信源となる。浜崎あゆみ、TRFなどのプロデュースを手がけた。
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