約5年ぶりに再開した、エイベックス会長松浦勝人による連載。現代を生きる数寄者が語る、社会のこと、仕事のこと、遊びのことと。【その他の記事はこちら】

誰かと一緒に住むのは無理
僕は、これまでひとりでいることが大嫌いで、いつも周りに誰かがいた。誰かがいてくれないと嫌だった。そんな生活を30年以上送ってきた。でも、FIREに近い状態になり、ひとりでいる時間が増えてくると、それが嫌ではなくなってきた。
それどころか、ひとりでいることが心地よくなってきて、今度は誰かがいると疲れるようになってきた。僕はけっこう気を遣う方なので、たとえ家族であっても、そばにいるだけで気を遣ってしまう。
先日、海外の学校に通っている息子が日本に遊びにくるので、僕の家に泊めてくれと言ってきた。なんだかんだと断ったけど、「なんで?」って不思議がっている。「気を遣うから、いやだ」と正直に話すと、「なんで家族なのに気を遣うの?」と言われてしまった。
たぶん、僕は“家庭”というものを知らないんだと思う。結婚してすぐ子供が産まれて、子供が10歳になった時には、妻と一緒に海外に移住したから、家族と過ごした時間は10年程度しかない。それも、仕事と釣りばっかりで家にいることなんかほとんどなかった。僕は、世間でいう“子育て”なんかやったことがなくて、行事担当だった。幼稚園の受験とか運動会とか、そういう行事の時だけ出ていく。
一度、子供たちをディズニーリゾートに連れていったことがある。どこに連れて行くかを考えるのも面倒だから、ディズニーリゾートにした。ディズニーリゾートに詳しいアシスタントを同行させて、案内してもらった。
でも歩くのも面倒くさいし、午後になったら疲れてしまって、結局、駐車場に停めてあったキャンピングカーのなかで寝ていた。子供たちは楽しんだようだけど、これが僕が子供に対してできることのギリギリ。ギリギリでディズニーリゾート。それも半日で限界。
テレビドラマを見ていると、子育てをして、子供と遊ぶお父さんが出てくる。「ああいう世界もあるんだなぁ、僕にもそういう時がくるんだろうか」と思ったりするけど、よく考えたら、もう僕の子育ての時期はとっくに過ぎてしまっている。人生で最も幸せを感じる時期だと言われても、それを経験していないので理解ができない。
たぶん、僕はもうずっとひとりなんだろうなと思う。子供たちが日本に帰ってきても、もう一度結婚することがあっても、一緒に住むのは無理だろうなと思う。がんばって、近くに別々で住むのがギリギリ。誰にでもあるはずの“家庭”という感覚が、僕は欠落してしまっている。
子供たちは“すっかり外国人”
子供たちは日本よりも海外での生活が長いから、すっかり外国人になっている。見た目は僕にそっくりだし、日本語も普通に話すし話も通じるけど、中身がやっぱり外国人。
「パパのこと大好きだよ、パパの子供に産まれて幸せ!」みたいなことを平気で言う。まるでアメリカのドラマに出てくる子供のようなことを、恥ずかしがることもなく口にする。
僕のなかでは、子供と言うのは親に対して、内心がどうであれ「うるせー」とか「おやじ!」とか、そういう反抗的なことを言うもんだと思っていた。だから、最初はものすごく戸惑った。でも、そういう文化のなかで育って、周りの子供たちもそんな感じなんだろうなと理解できるようになってからは、“そういうものだ”と思えるようになった。
親と子が異なる文化背景を持っているというギャップには、僕よりも子供たちの方が対応が早い。何か僕に頼みごとがあったのか、「パパ、この日空いている?」というメッセージがきた。予定を見たら仕事で埋まっているから「空いてない」と返したら、「わかった」という返事がきた。それで会話が終わる。
これも僕には驚きだった。だって「えー、なんで空いてないの?」とか「空けてよ!」とわがままを言うのが僕の中の子供像。でも、それを言わない。「なんで、空けてよって言わないの?」と尋ねたら、「だって、空いてないって言ったじゃん」と言う。はっきりしている。切り替えが早い。
子供たちが育った環境は、皆がそういう風に合理的な感じなんだろうと思う。よく考えれば、その方が世の中を渡っていく能力は高くなるのかもしれない。
僕と子供は中身はまったく違うけど、それでも家族であるという事実は動かしようがない。僕は家族に対して何もしてこなかった。だから、今、ひとりで暮らすことになっている。子供たちは僕の知らない世界で育ち、大人になろうとしている。
松浦勝人/Masato Matsuura
1964年生まれ。エイベックス会長、音楽プロデューサー。24歳でエイベックス創業、ユーロビートブームの発信源となる。浜崎あゆみ、TRFなどのプロデュースを手がけた。
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