PERSON

2026.04.10

エイベックス松浦勝人「自分の名を残そうだなんて思ったことがない」

約5年ぶりに再開した、エイベックス会長松浦勝人による連載。現代を生きる数寄者が語る、社会のこと、仕事のこと、遊びのこととは。今回のテーマは「後世に名を残す経営者」。【その他の記事はこちら】

松浦勝人氏

後世に名を残す経営者

今の経営者たちは、みな、後世に名を残したいと思っているのだろうか。僕は自分の名を残したいとは思わない。名を残す経営者になるには、品行方正でなければならないのだろうか。僕にはとうてい無理な話だ。

僕が生きてきた昭和、平成という時代には、事業を起こして成功させて、立派な経営者と呼ばれる人がたくさんいる。でも、本当に立派な人格者だったのだろうか。立派だった部分が今に伝わっているだけで、本当はひとりの人間で、失敗もあれば若気の至りもあったのではないか。僕は立派な経営者伝説よりも、失敗をしながら成功をつかみ取った人間というほうが尊敬できる。

僕に経営を教えてくれた人

僕のなかで“品行方正な経営者”というと、依田さん(依田巽=よだたつみ)のことが思い浮かぶ。

エイベックスの初期の頃、海外のレコードやCDを輸入して国内で販売するというビジネスをやっていた。音楽の知識はあったけど、契約の交渉とか輸入の実務なんて僕はまったく知らない。そこで、顧問だった依田さんとふたりで、海外出張をして、交渉して、契約して、輸入するということをやっていた。20数ヵ国、200回以上はふたりで海外出張に行ったと思う。海外出張と言っても、当時はまだお金なんかないから、その街で一番安いホテルに泊まる。そのお金すらなくて、ひとつのベッドで一緒に寝たこともある。

海外事情に明るい依田さんは、その国に到着すると、まず観光に連れだしてくれる。僕は音楽のことで頭がいっぱいで、観光なんかいいよと思っていたけど、きっと依田さんの親心だったんだと思う。『その国の文化を知らないと交渉も何もできない。だから見ておけ』ということだったのだと、後から気がついた。

オランダのアムステルダムに出張した時は、その国の「影」の部分も含めた現実を知るべきだと、アムステルダムの飾り窓地区のような場所にも連れて行ってくれた。そして見学を終え、いよいよ夜の街に繰りだすのかと思いきや、依田さんは「さあホテルに帰ろう」と言う。他の国でも、女性が接客するような店に足を運ぶ機会があったが、依田さんははしゃぐこともなく、静かにお酒を飲んで帰ってしまった。

20年近く、依田さんのそばについてきたけど、不倫や浮気はもちろんのこと、女性関係で羽目を外している姿など、一度も見たことがない。まだ封建的な価値観が色濃く残っていた時代に最前線で活躍した経営者でありながら、依田さんは何より奥様を大切にされている。品行方正を超えて、聖人君子とは依田さんのことではないかと思った。

その一方で、仕事に対しては厳しかった。海外出張先でひどい風邪をひいてしまい、とても商談に向かえない状態になったことがある。でも依田さんは、朝、僕の部屋に入ってきて、ふらふらになっている僕を見て、「行くぞ。はいつくばってでも行くぞ」と言う。

容赦ないにも程がある。確かに僕が行かなければ音楽の話ができず、商談が進まないから、かわいそうだと思ってもそうは言えなかったんだろうけど、それでも厳しすぎると思った。

会社をつくる経営者とそうじゃない僕

依田さんは、僕の父親と同世代で、「税金はきちんと払いなさい」から始まって、僕にビジネスの基本を教えてくれた恩人。エイベックスが成長してくると、僕も調子に乗ってめちゃめちゃな遊び方をするようになった。依田さんは、普段は何も言わないけど、度を越したことをすると叱ってくれる。僕が、法律に触れないギリギリのところで踏みとどまれたのは、依田さんの存在があったからだ。

エイベックスが成長をしても、経営は依田さん、音楽制作は僕という役割分担はうまくいっていた。僕は経営なんか興味がなくて、自分の好きな音楽を好きなようにつくりたいだけだったから、経営のことはすべて依田さんに任せてしまった。

しかし、経営と音楽で、依田さんが歩く道と僕が行きたい道は次第に離れ始めた。その結果、世間でもよく知られている「エイベックスのお家騒動」が起こる。最終的に依田さんが引責辞任をして、その後、僕が社長を務めることになった。

経営者として世の中に残したいもの

なぜそうなってしまったのかは、とてもひと口では説明できないけど、僕は音楽をつくろうとして、依田さんは会社をつくろうとしたということだと思う。残念な決別の仕方をしてしまったけど、今でも、依田さんとふたりで海外出張した日々を時々思いだす。

昨年、依田さんご夫婦の結婚何周年かのパーティがあって僕も招待された。錚々たる経営者が集まって、僕もそのなかでスピーチをしなければならなくなった。お祝いの席なので、他の人は当たり障りのないスピーチをするし、来賓は和やかに歓談しながら聞いている。

でも、僕がマイクの前に立った瞬間、会場がシーンとなった。皆、あのふたりの関係は今どうなっているのだと聞き耳を立てている。ご期待に添えなくて申し訳ないけど、僕も少しは大人になっている。そつのないことを話し、オチまでつけて会場を沸かせて、最後は依田さんとガッと握手までして帰ってきた。

依田さんがいなければエイベックスは上場できていないだろうし、今の僕があるかどうかもわからない。その後もご活躍され、後世に名を残す経営者だと思う。

でも、僕は自分の名を残そうだなんて思っていない。僕は音楽をつくる人なので、音楽が残ればいい。その音楽が人に与えた感動が残ればいい。品行方正なんて僕には関係ない。僕は僕なりのやり方でいく。

松浦勝人/Masato Matsuura
1964年生まれ。エイベックス会長、音楽プロデューサー。24歳でエイベックス創業、ユーロビートブームの発信源となる。浜崎あゆみ、TRFなどのプロデュースを手がけた。
X:@maxmatsuuratwit
YouTube:@masatomaxmatsuura

TEXT=牧野武文

PHOTOGRAPH=長尾真志

STYLING=安部賢輝

HAIR&MAKE-UP=小林潤子(AVGVST)

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