約5年ぶりに再開した、エイベックス会長松浦勝人による連載。現代を生きる数寄者が語る、社会のこと、仕事のこと、遊びのことと。【その他の記事はこちら】

嫌われ役を買って出るのが僕の仕事
僕は音楽プロデューサーということになっているけど、実際は何もしてない。小室哲哉さんや小林武史さんのように曲がつくれるわけでもない。楽器ができるわけでもない。小室さんは数々のヒット曲、アーティスト、ムーブメントを生み出した。浜崎あゆみは作詞をし、ファッションだけにとどまらない流行を生み出した。
じゃあ、僕は何をしたのかというと、そのいろんなことをうまくはめ込んでいっただけ。自分では何もつくっていない。何をしたという実感がないから、人に「僕はこれこれのことをしました」と説明できず、自己評価は限りなく低くなってしまう。
たまたま目立って名前は多少知られるようになったけど、元々はそんなつもりはまったくなかった。僕は小室さんや浜崎の後ろにいるべき人間だと思っていた。ただ、小室さんや浜崎が前に進もうとする時、世間との摩擦を起こすことがある。その時に盾になって守るのが僕の仕事だから、嫌われ役を買って出て、それで名前が知られるようになった。
浜崎あゆみに“全部しゃべっちゃえ”
一方で、僕について書かれた記事とかSNSの好意的な書き込みを目にすることがある。そこでは、僕は時代を変えた音楽プロデューサーということになっている。読んでいつも不思議な気持ちになる。これって誰のこと? まさか僕のことではないよね? と誰かに尋ねたくなる。
でも、そこに書かれている内容は、確かに僕がやった記憶がある。
例えば、今のアーティストは自分の意見を持って、自分の主張をする。多くの人がそれを当たり前のことだと思って違和感を抱かないだろうけど、昭和の時代はそんなことはあり得なかった。特にアイドルというのは、みんなハッピーで明るくなければならなくて、曲づくりに苦しんでいるとか、人生に悩みを持っているとかは話さなかったし、話してはいけないことだった。
僕は浜崎あゆみに自由に喋らせた。どんどんさらけ出していけ、全部しゃべっちゃえとけしかけた。浜崎はそれを僕の想定以上に上手くやって、ファンとの深いつながりをつくっていった。
昭和の時代は、シングル至上主義。アルバムはヒット曲を数曲入れたら、あとはカバー曲やレア曲を入れて、コアなファンだけが買う特別なアイテムだった。音楽会社はシングルの売上とお茶の間への浸透度に頼り切っていた。
僕は、シングルとアルバムの関係を変えた。シングルでヒット曲を出すことはもちろん、アルバムにもどれもシングル化できるくらい自信のある曲を入れ、アルバムの価値をあげ、それがミリオンセラーになった。エイベックスはアルバムの売上で成長することができた。
確かに、当時のことを思い出すと、自分は音楽業界を変えたかもしれないと思う。でも、僕は何も「音楽業界を変えてやる」と思ってやったわけではない。音楽業界の常識に疎くて、その時々で「これがいちばんいい方法だ」と思ってやっていただけ。しばらくすると、周りが真似をするようになっていった。
自分はスゴイやつなのか?
音楽を“産業”に変えたと言ってくれる人もいる。優れた楽曲を残した音楽プロデューサーはたくさんいるけど、組織を作って、ブームを仕掛けて、組織を成長させて上場までさせたのは、この50年間で僕ぐらいしかいない、と。その組織が今でも上場企業であり続けて、総合エンタテインメント企業にまで成長したのはエイベックスぐらいしかない。そう聞くと、確かに僕にもそのような記憶があるから、自分はひょっとしてスゴイやつなのかもと思えてくる。
でも、あの時、依田さん(巽元会長)がいなければ、エイベックスは上場できていない。経営は依田さん、制作は僕という役割分担があり、僕は経営なんかに興味はなくて、自分の好きな曲を好きなようにつくりたいだけだったから、経営は依田さんにお任せしていた。なんだ、別に僕じゃないじゃん。やっぱり僕ってすごくないじゃんと思って、また、僕の自己評価は下がっていく。
先日、とんかつ屋で定食を食べた。その時、店員が「フッ」と息を吸うような不思議な仕草をした。僕は隣りにいた友人に「あの店員さん、ひょっとして僕のことをわかっているのかな?」と尋ねた。すると友人は「わかっているに決まってるでしょう」と答えた。そんな普通の人にまで僕は知られている存在なんだということに、最近になってようやく気がついた。
自己評価が低すぎて、僕は自分が世間からどう見られているのかわかっていないところがある。それでも、何とか今までやってこれたのは、音楽を仕事にしてきたからだ。
音楽とお金、どちらを選ぶかと問われたら、僕は圧倒的に音楽というコンテンツをつくることを選ぶ。コンテンツ制作は儲からないけど、その仕事をやってきてよかったと思っている。でも、仕組みをつくって大儲けしている人をバカにするような気持ちはない。むしろ、すごいなと思うし、うらやましいとすら思う。音楽ほどではないにしても、お金も別に嫌いじゃないから。
でも、お金は使えばなくなる。音楽から得られる感動は一生色褪せることはない。音楽をつくって人に感動を提供できているという事実が僕を支えている。
松浦勝人/Masato Matsuura
1964年生まれ。エイベックス会長、音楽プロデューサー。24歳でエイベックス創業、ユーロビートブームの発信源となる。浜崎あゆみ、TRFなどのプロデュースを手がけた。
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