PERSON

2026.08.15

加藤登紀子、あるがままに生きる。不眠も時差も受け入れる。できないことではなく、できることに力を注ぐ【和田秀樹対談⑥】

和田秀樹対談連載。加藤登紀子6回目。【そのほかの対談記事はコチラ

加藤登紀子、あるがままに生きる。不眠も時差も受け入れる。できないことではなく、できることに力を注ぐ【和田秀樹対談⑥】

仕事半分、遊び半分

和田 加藤さんは東大に入ってから歌手に?

加藤 そう。60年安保のときに私は高校2年生。その時点でもう見切りをつけていたんですよ、学生運動に。大学に入った後は学生運動から少し距離を置いて、演劇をやったりしてたんですね。その間にたちまち歌手になって。またなんの因果か藤本敏夫に会っちゃって。それが1968年。

和田 東大紛争の年ですね。

加藤 そう。彼は交際には拒否的だったんです。自分だけ幸せになっちゃいけないって。だけど結果的に獄中で結婚したの。

和田 小説みたい(笑)。

加藤 それから彼が刑務所を出てきた後に、寒河江善秋(さがえぜんしゅう)って人に会ったわけ。山形県の人で。

和田 お名前は知っています。

加藤 山形県の青年農業運動をやった人なんだけど、それこそ中国にまで行って周恩来にまで会ってる人なんですよ。

和田 なるほど。

加藤 彼は青年農業運動、つまり次男・三男が終戦後に、土地からあぶれて出ていかなきゃいけないっていう問題が出てきて一生懸命動いた人なんだけど。

和田 次・三男問題ですね。

加藤 そう。そんな彼がね、最終的にたどり着いたのは、遊びだったんです。遊びの人生。

和田 え、遊びですか。

加藤 南画や書や陶芸など、なんにでも素晴らしい才能を持ったおじさんだった。でも50代で亡くなっちゃった。

和田 早いですね。

加藤 私たちは寒河江老人って呼んでいたの。寒河江老人はこんなふうに言っていた。「いい生き方はまず権力と金に近寄らないことだ」って。

和田 正しいと思います。

加藤 大きな政治家のバックにもいたような人なんだけどね。「楽しく生きるためには全身全霊で仕事なんかしちゃダメだ。半分はいつもプラプラ遊んでなきゃ」って。結局、彼は陶芸も書も、全部遊びでやっていたんですよ。「遊びをせむとや」なんて言ってね。

和田 素敵ですね。

加藤 いいよね。私は結婚して歌手をやめちゃうかもってときだったけど、寒河江老人は結構、親身になって支えてくれてね。もし刑務所の人と結婚して歌手の道が絶たれたとしても、やれることはいっぱいあるよって。

和田 いいですね。

加藤 私は危うく陶芸家になりそうに(笑)。

和田 素敵じゃないですか。

大地を主役にする生き方

和田秀樹
和田秀樹/Hideki Wada
精神科医・幸齢党党首。1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、和田秀樹こころと体のクリニック院長に。35年以上にわたって高齢者医療の現場に携わる。『80歳の壁を超えた人たち』『幸齢党宣言』など著書多数。

加藤 結局、夫の藤本も、寒河江老人と出会って新しい人生が始まったの。「今、ここに生きていることを原点としてゼロからやり直そう」って。

和田 それが「大地を守る会」なんですね。

加藤 そう。大地を守るも、詰まるところ「遊びをせむとや」なんですよ。

和田 僕も大地を守るって言葉はすごい好きで。

加藤 へえ、そうなんですか。でもなんで?

和田 今の有機農法とか何々農法って、どれも自分の体にいいかどうかを基準にしてる気がするんですよ。

加藤 なるほどね。

和田 でも大地のほうを主役にしてるから。これはなかなか立派な考え方だなと思って。

加藤 藤本はね、寒河江老人の影響もあって「農業は産業ではない。農業は営みであり、すべての人が農業をしなくちゃいけない」って考えていた。農業とは、命を愉しみ、命を育むことだと。それは人間が生きていく上での大きな仕事であり、ビジネスとしての仕事を半分しながらも、もう半分は命を愉しみ命を育てよと。それがたぶん寒河江老人や藤本の言う「遊びをせむとや」なんじゃないかな。

あるがままに生きる

和田 素敵な話ですよね。僕は幸か不幸か精神科の仕事をしていて、脳を研究したりもしてるんですけど。最初はアメリカで3年ほど精神分析を学んで、日本に帰ってきてから素敵な精神療法にたまたま出会いまして。

加藤 素敵な療法?

和田 森田療法です。ひと言で言うと「あるがままに生きなさい」というものなんだけど。

加藤 あるがままに生きる。

和田 そう。例えば、人前に出ると顔が赤くなる人がいるでしょ。それが嫌だと悩むのが赤面恐怖症です。

加藤 私も赤くなる人だった。

和田 そういう赤面恐怖の人に対して森田さんは、こう言うんですよ。「あなた、私の前で赤くなってみせなさい」って。

加藤 だけど、赤くなろうとしてもなれないですよね。

和田 そうなんです。で、森田さんは患者さんにこう言うの。「あなたは赤くなるのを気にしてるけど赤くなれないでしょ。要するにそれは不自然なんだ。白い顔を赤くするのも不自然だし、赤いのを治すのも不自然。だから私はあなたの顔が赤くなるのを治せない。その代わりにできることをやりましょう」と。

加藤 なるほど。あるがままにいるしかないってことね。できることってなんなの?

和田 愛想よくするとか、話術を鍛えるとか。それはできるでしょって。

加藤 できないことに目を向けるのではなく、できることに力を注ぐってことね。

和田 森田療法は精神科の治療法としては結構実用的なので、わりと短期間で治る人が多いんです。この考え方は、すごい勉強になりましたね。

加藤 受け入れちゃうのね。

和田 おっしゃる通りです。森田療法のもう一つの方法に「症状不問」というのがあるんです。例えば「頭が痛いなら痛いなりに仕事しよう」という発想です。一番わかりやすい例が不眠の患者さん。眠れないときに「寝なきゃ」と思うと余計眠れなくなる。そんなときは「寝ないでもいいやと思って横になっていなさい」と。

加藤 それ、得意です私。眠るのは結構上手。

和田 さすがです。

人生はゼロからの繰り返し

加藤登紀子
加藤登紀子/Tokiko Kato (右)
シンガー・ソングライター。1943年ハルビン生まれ。1966年「誰も誰も知らない」でレコードデビュー。1971年「知床旅情」が大ヒットし、日本レコード大賞歌唱賞受賞。自身が訳詞・歌唱した「百万本のバラ」が話題となり、1987年にシングル化。最新刊に『「ま・さ・か」の学校』がある。現在も国内外で活躍し、2026年10月にはウズベキスタンでコンサートを開催。
【加藤登紀子コンサート情報】
2026年9/6(日)あしかがフラワーパークプラザ(栃木)、9/23(水・祝)東京オペラシティコンサートホール(東京)。この他、12月にも神奈川、東京、京都、大阪、愛知などで開催。詳細はコチラ、またはトキコプランニングTEL:03-3352-3875まで。

加藤 海外に行くと時差があるでしょ。夜中に目が冴えちゃったりする。

和田 そうですね。

加藤 前はね、海外でコンサートをするときに、バンドみんなで行ってたの。時差で寝られないときはそのまま起きてるでしょ。やることがないから、仕方なく歌を作って「これが時差作曲よ」なんて、メンバーに聞かせたりして(笑)。

和田 いいじゃないですか。

加藤 バンドのメンバーと海外公演に行くと、夕方ぐらいに大使公邸の食事会とかにお呼ばれされたりするの。だけど時差で眠くて、みんな食事会の席でグーグー寝たりして。私は必死で起きてるんだけど。

和田 大変だ(笑)。

加藤 演奏しているときにも、時差で眠気が来るんだよね。

和田 どうなるんですか。

加藤 途中でやめるわけにいかないでしょ。演奏を続けているうちにナチュラルハイになる。いい演奏になるのよ(笑)。

和田 いい感じに力が抜けて。

加藤 そうそう。ステージの後、「今日の演奏はよかったな」とか「最高だったね」とか言って。

和田 (笑)。

加藤 だけどね、日本に帰ってきたら演奏が真面目になっちゃって「なんかつまんねえな」「時差くださーい」なんてね。

和田 そんなふうになんでも楽しんでしまうところが、加藤さんの素晴らしさですよ。昔も今もね、楽しみ方は変わっても、楽しむことは変わらない。

加藤 それはそうね。人生は積み木のように高く積んで限界に達するものじゃないでしょ。何度もひっくり返してゼロから始める。その繰り返しよね。

和田 いい言葉です。

加藤 「遊びをせむとや」ね。

和田 今日は最高でした。もっと話したいですが時間なので。

加藤 私もすごく楽しかった。ありがとうございます。

TEXT=山城稔

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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