「元気ハツラツ! オロナミンC」と、崑ちゃんの声が響くと撮影現場は一気に笑いで温まる。94歳にして、現役。笑いに涙の混じる筋金入りの“話芸”に和田秀樹も思わず感激~! 元気に長生きしている大先輩にその秘訣を聞く人気連載、大村崑1回目。

喜劇人はなぜか早死に
和田 小さい頃からテレビで観ている方が隣にいるのは妙な感じです。でもさすがですね。大村さんのひと声で場が一変する。
大村 そらもう長いことやってますから。もう一遍やりましょうか。「元気ハツラツ! オロナミンC」(笑)。
和田 (笑)。
大村 新幹線で移動する時なんかもね、オロナミンをこっそり席に置いておくんです。「あ、崑ちゃんや。写真撮って」と言われてこれ出すとみんな笑う。いい表情の写真になるんです。
和田 サービス精神が旺盛。
大村 声かけてくれたわけやから。ありがたいでしょ。
和田 やはり生粋の喜劇人なんですね。
大村 同年代の人はみんな死んでしまってね。喜劇人は早死になんですわ。
和田 え、そうなんですか。
大村 三波伸介さん。あの人、52歳で死んでるんです。
和田 あー。昔、NHKで似顔絵描いてましたっけ。
大村 そう。器用な人でね。本を書いたり漫画を描いたり「笑点」の司会やったり。ものすごいやり手やったんですわ。NHKが終わってから「崑ちゃん一緒にやろか」って声かけてくれて。だけど彼はボケなんです。僕もボケなんです。ツッコミがいない。それで「あんたツッコんでくれ。ツッコミも勉強してみたらいいよ」って言うたのよ。
和田 で、組んだんですか?
大村 そう。「てんぷくかご屋」って仕事のドラマを書いてもらってね。地方でやったらものすごいウケた。だから今度は二枚目の林与一とかを入れて宝塚劇場でやろうって言うてた時に死んじゃったんです。
和田 そうなんですね。
大村 てっきりドッキリやと思ってね。家に行ったら灯が消えてる。レポーターやカメラマンも大勢いる。こら大仕掛けのドッキリやなと、家の中に入ったら三波伸介が紋付着て寝てるんですわ。「あんた、寝てる場合とちゃうでしょ」って、触ったら冷たいんですよ。ドッキリやない。そこで泣いて泣いてね。
和田 驚いたでしょうね。
大村 佐々十郎、マチャアキの親父の堺駿二。藤山寛美、渥美清、榎本健一先生、三木のり平さん。みんな50代から70代で逝った。藤田まことは76、由利徹さんは78、左とん平は80だけど、その多くは80には届いていない。
和田 よくご存知で。まさに喜劇界の生き字引です。
大村 いかりや長介なんてね、僕と同じ昭和6年11月1日生まれですよ。ある時彼がね、「崑ちゃんと俺、どっちが兄貴か」と言いだして、生まれた時間を聞こうとお互いの母さんに電話したの。私は朝の7時、彼は夜の9時だったので、「俺が兄貴や」となった。それからどこで会っても「お兄ちゃん」って言ってくるんです。
和田 志村けんさんもコロナ禍に70歳で亡くなりました。
大村 彼も若い頃に僕の履き物も揃えてくれてたりしてたので、僕も「頑張れよ」なんて声をかけて。だけど先に逝っちゃったね。

精神科医・幸齢党党首。1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー等を経て、和田秀樹こころと体のクリニック院長に。当対談連載をまとめた『80歳の壁を超えた人たち』をはじめ、『80歳の壁』『幸齢党宣言』など著書多数。
大村崑/Kon Omura(右)
1931年兵庫県生まれ。昭和30年代、テレビ軽演劇『やりくりアパート』『とんま天狗』などの主演を務め一世を風靡する。大塚製薬オロナミンCのCMで国民的タレントとして地位を確立。現在は講演活動に全国を駆け回りながら、映画にも出演。著書に『崑ちゃん90歳 今が一番、健康です!』など。
笑うことは身体にいい。笑わせることは身体に悪い?
和田 90代まで生きた喜劇人は森繁久彌さんくらいですか。
大村 そやね。僕は森繁の親父さんと呼んで慕っていた。あの人は僕をいじめなかったから。
和田 芸能界は厳しいですからね。特に昔はいろいろと。
大村 気の短い人が多い。言っちゃ悪いけど怒るんです。それでタバコを吸うし飲むでしょ。僕は吸わないし飲まない。呼ばれても断るから、「生意気や」って。大阪から来て東京の宿屋にいると誰かの子分から電話がかかってくる。「てめえ、大村崑か。闇夜に気をつけろ、ボケ」と言ってバーンと切る。
和田 ひどいね。
大村 危ないなと思ってたら、渥美清、谷幹一、関敬六の3人が僕を守ってくれた。だけどその3人も早う死んじゃったの。
和田 なんでなんでしょうね。
大村 だからね、笑わすために芸能界で仕事やってるけど、本当は身体に悪いんじゃないかな。
和田 笑うことは身体にいいんですよ。だけど笑わせることはそうとは限らない。人を笑わせることが天性の人と無理してる人がいるみたいなんですね。
大村 ああ、なるほど。
和田 有名な話ですけど、植木等さんはお寺のお子さんです。根がまじめな人で、いい加減な役をやるのが嫌で嫌で仕方がなかったらしい。そういうストレスもあったのかなあと。だけど大村さんは今もこうして現役でご活躍なわけですから。
大村 なんやろね。僕が94まで生きてるのはおかしいんです。肺結核を患って右肺がない。
和田 そうなんですか。昔は結核で亡くなりましたからね。それは大変でしたね。
大村 9歳の時に親父が死んで裕福だった生活も一変した。僕は叔父の家の養子になったんです。仏壇の前に正座させられて叔母から「はい、私は誰ですか」と聞かれた。「おばちゃんや」言うたらボカーンとグーの手で叩かれてね。それから左耳が聞こえない。
和田 なんというか。
大村 片肺だし、片耳しか聞こえない。僕は完全な障碍者なんです。
和田 それでも喜劇のスターになったわけだから。
大村 そんなこんなでも、僕はへっちゃら。笑いには関係あらへんから。だから僕は怒らないんですよ。嫌なことがあっても笑えること言うし、常に誰かに笑ってほしいと思ってるから口と身体が自然に動く。尊敬する森繁の親父は96まで生きたけど、やはり怒らなかったね。
和田 人にも自分にも無理強いしない。自然体。そこが早くして亡くなるとの違いかも。
大村 それとね、崑ちゃん流の健康法みたいなものも実はたくさんあるんですよ(笑)。今日はね、それが本当にいいのか悪いのか、先生に答え合わせをしてもらおうと思って楽しみにして来たのよ。
和田 94でこれだけ元気なんだからどれも正解ですよ(笑)。
大村 そのひとつは「崑ちゃんのかきくけこ」。まあ、そう言わず聞いてちょうだいな(笑)。
※2回目に続く

