和田秀樹対談連載。加藤登紀子2回目。【そのほかの対談記事はコチラ】

洋裁は若さの秘訣?!
和田 コロナ禍に免疫作りを意識したそうですが。
加藤 意識と言うかね。コロナのときに時間ができたので、今までできなかったことをいろいろやってみたの。例えば、洋裁もその一つです。針仕事ね。
和田 なるほど。
加藤 精神的に疲れたり、ちょっとイヤなことがあったりすると針仕事を夢中になってやるんです。これはいいよお。和田さん、治療に使ったほうがいい。
和田 いいですね。
加藤 私はね、暇な時間が苦手なの。精神がどっかに行っちゃいそうで不安になる。邁進してるときのほうが安定するんです。
和田 脳の老化予防の観点から言っても、なにかに集中することはとても大事ですからね。それと指先を器用に使うので、針仕事は脳にもいいはずです。
加藤 無責任にやれるのもいいのよね。誰かに頼まれるわけじゃなく、自分の着るものを好きにいじってるだけだから。
和田 そもそもなぜ洋裁を?
加藤 10年20年着てない服がたくさんあってね。世間じゃ断捨離が勧められてるけど、あまりにもったいないから、着られるように直してみたんです。
和田 いいですね。
加藤 ウエストがきつい服とかあるでしょ。それを直すんだけど、この5年の間にノウハウを探究しましたよ。もう注文を受けられるレベルよ(笑)。
和田 すごいですね。
加藤 服をパッと見ると、ここをほどいてこうすればいいっていうのがわかる。魚をさばいてるような感じね。
和田 え、魚ですか(笑)。
加藤 魚を釣ってもガブリと食べられないでしょ。3枚に下ろして初めて食べられる。それと同じ。洋服も表からはわからないことが裏からは見えるの。それがおもしろい。
和田 なるほど。
加藤 裏地をチョキチョキ切ると縫い目が出てくる。その糸をトントントンと切ると洋服がバラバラになっていく。気持ちがいいのよね。あら、ほどいたらこんな形の布になったと。
和田 楽しそうなのが伝わってきます(笑)。
加藤 私は洋服をほどくことを「リリース」って呼んでる。これまで袖にされていたのに、ちょっと直したらこんなに素敵に変身したよ、さあ羽ばたこうって。そんな気持ちですよ。
和田 愛情がこもってる(笑)。
加藤 本当にそれはね。最高の遊びですよ。
和田 昔から得意なんですか。
加藤 うちの母が洋裁屋さんで、私は小学生のときからいつも母の横で糸と針で遊んでた。
和田 素養があったんですね。
加藤 身についてる部分もあったんでしょうね。母は101歳まで生きたんですけど。
和田 101? 長生きですね。
加藤 亡くなった後、母の洋裁道具をドッサリ私の部屋に持ってきたの。
和田 形見を。素敵ですね。
加藤 洋裁って終わりがしょっちゅう来るでしょ。5分でボタンを付けられる。それもいいのよね。
和田 あー、確かに。完成の喜びがある。
加藤 そう。たくさんの完成もあるけど、失敗もある(笑)。
和田 いいじゃないですか。
加藤 ね。失敗してもやり直せるから。そこもいいのよね。
失敗とやり直しが大事

精神科医・幸齢党党首。1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、和田秀樹こころと体のクリニック院長に。35年以上にわたって高齢者医療の現場に携わる。『80歳の壁を超えた人たち』『幸齢党宣言』など著書多数。
和田 日本人はなにかを始めるときに失敗しちゃダメだと考えます。でも、あらゆる成功は失敗から生まれるわけですよ。
加藤 本当にそうよね。
和田 だけど日本人は失敗を怖がる。教育の責任も大きいと思うんですけどね。
加藤 私もね、よくあるんですよ。例えば、曲ができたときにはうれしいのよね。でも次の日にスタッフを集めて「曲できたんだけど、ちょっと聞いてくれる」と言った途端、「ああ、ごめん、ダメだ」って言って、歌い出せないことがあるの。昨日はあんなにいいと思ったのに。
和田 なるほど。
加藤 もう自己嫌悪。だけど、わかったのよ。作品を発表できるっていうのは、自分の限界を認めることなんだと。
和田 いいお話ですね。
加藤 望んだらきりがないもの。もっとすごいものができるのにと思ったら、せっかくできたものが霞んじゃうでしょ。
和田 望むことも、それに向かって努力することも必要だと思うんです。だけど、もっともっと、なんでできないんだ、と自分を責めたり、他人を責めたりするのはよくないでしょうね。
加藤 そう。だから、すごくなくてもいいんです。できたものはかわいいのよ。なんかこんなのができちゃいましたって、認めちゃえばいいんだよね。
和田 おっしゃる通りです。人間が作る以上、全部が名作とか全部が売れるとかってあり得ないわけですから。
加藤 ないない。
和田 僕も自慢じゃないけど950冊ぐらい本を出していて。
加藤 え、そんなに?
和田 はい。950冊も出してると20冊ぐらいはヒットがあるんです。で、「和田さんは売れる人だ」と勝手に思われる。
加藤 (笑)。だけど950はすごいわね。そんな和田さんに質問します。売れてる本って、気楽に書いた本なんじゃない。
和田 まあ、そうですね。
加藤 わかるもんね。すごく素直に読めるっていうか、いちいちうなずけるっていうかね。
和田 力むと、どこか押しつけがましくなるのかも。音楽もそうですか。
自分の心に正直に

シンガー・ソングライター。1943年ハルビン生まれ。1966年「誰も誰も知らない」でレコードデビュー。1971年「知床旅情」が大ヒットし、日本レコード大賞歌唱賞受賞。自身が訳詞・歌唱した「百万本のバラ」が話題となり、1987年にシングル化。最新刊に『「ま・さ・か」の学校』がある。現在も国内外で活躍し、2026年10月にはウズベキスタンでコンサートを開催。
【加藤登紀子コンサート情報】
9/6(日)あしかがフラワーパークプラザ(栃木)、9/23(水・祝)東京オペラシティコンサートホール(東京)。この他、12月にも神奈川、東京、京都、大阪、愛知などで開催。詳細はコチラ、またはトキコプランニングTEL:03-3352-3875まで。
加藤 音楽もね、揺れながらよくなっていくことがあるの。
和田 なるほど。
加藤 例えば、コンサートのリハーサルでバンドのメンバーにここをもっと強く演奏して、とお願いしたりするでしょ。だけど実際に演奏してみたらイメージと違ったなんてことがよくあるのよ。そんなとき、私は「ごめん、やっぱり戻して」と素直に謝ってしまうんです。
和田 それは素晴らしい。
加藤 人の心はね、常に振り子のように揺れていると私は思っているの。振り子主義って呼んでるんだけど(笑)
和田 いいですね。
加藤 揺れながら前進していく感じよね。

