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2026.08.15

エイベックス松浦勝人が振り返る、小室哲哉全盛期の“音楽制作現場のリアル”。「常に締め切り“ぎりぎり”だった」

約5年ぶりに再開した、エイベックス会長松浦勝人による連載。現代を生きる数寄者が語る、社会のこと、仕事のこと、遊びのこととは。【その他の記事はこちら】

松浦勝人

今日締め切りなのに「曲が出てこない」

エイベックスの最前線の現場で頑張っている若い社員たちと食事会をするということを続けている。先日一緒に食事をした4人の社員のうち1人は、入社した時からずっとレコーディング現場にいる。頭が下がる。僕には絶対できない仕事。

音楽スタジオのつまみがいっぱいついたコンソールの前に座り、いろいろな指示を出す。かっこいい!と若者が憧れるのはよくわかる。この仕事は一見花形に見えるけど、でも実は、レコード会社のなかでは、花形とは言えない地味な仕事。ものすごく単調な作業を朝から晩まで365日、ひたすら繰り返す。

音楽制作事業を立ち上げて早々に、僕には無理だと悟ってしまった。僕より上手い人が現れたら、その人にやってもらった方がいい。不思議と、僕の周りにはすごい才能を持った人が集まってきた。素晴らしい作曲がつくれる人が現れると、曲づくりはその人に任せる。心に刺さる詞を書ける人が現れると、作詞はその人に任せる。聞いたこともない音をつくれるアレンジャーが現れると、編曲はその人に任せる。そして、僕は、彼らが生み出した音楽をどうやったら一人でも多くの人に聞いてもらえるかを考えることに集中する。だから、僕は楽曲をつくるということでは何もしてこなかったし、何もできない。ただ、周りのクリエイターたちがつくったものを組み合わせて並べ替えるだけしかしていない。

その僕が早々と諦めた制作現場に、自ら望んで就く若い人がいる。

現場での制作は地味な仕事の積み重ねであるだけでなく、いつでも“ぎりぎり”。気が休まることがない。小室(哲哉)さんが最も忙しかった頃、ものすごい量の仕事をこなしていたから、曲ができてくるのは、常に締め切りぎりぎりだった。

タイアップ曲のアップが今日中なのに、小室さんはこもりっきりで「曲が出てこない」と頭を抱えている。レコーディングをしなければならないアーティストも、待機するしかない。スタッフは必死になって小室さんのところにいって、「15秒だけでいいから音をください」「リズムのテンポだけでも教えてください」とやっている。もうお昼をすぎているのに、「納品は今日の深夜12時です。引っ張りに引っ張って、午前2時がデッドラインです」なんてこともざらだった。

しかも、小室さんは作曲担当で、作詞はマーク・パンサーが書くことが多かった。小室さんの曲が12時にあがってきたって、マークが詞を書く時間がほとんどない。そんななかで仕事をするのが普通だった。

音楽の制作現場にとっては“普通のこと”

秋元(康)さんもそう。秋元さんの場合は、先に曲ができていて、そこに詞をつけていくことが多い。それがぎりぎりになっても「出てこない」となる。もちろん、小室さんも秋元さんも、仕事をサボっているわけではない。自分のつくる曲や詞に完璧さを求めるから、あがるまでに時間がかかる。いつもぎりぎりになる。

秋元さんはほんとうの完璧主義者。やっと詞があがって、レコーディングが始まるり、もう時間がないからほぼ一発で決めなければいけない状況。アーティストも現場スタッフも集中している最中に、秋元さんから連絡が入る。「詞の差し替えです」。レコーディングは全部やり直しになる。

それでも、現場のスタッフは誰も文句を言わない。小室さんや秋元さんがベストの作品を世に出したいと考えていることをわかっているからだ。

あるアーティストが、雑誌の表紙を飾ることになった。コンセプトを決めて、撮影をして、写真があがってくる。でもアーティスト本人が気に入らない。2回も3回も修正を入れて、ようやく表紙が刷り上がってくると、今度は色校(カラー印刷校正)に注文をつける。そのたびに印刷所で校正刷りを刷り直して持ってくる。もうここまでくると、周りのスタッフには、どこがどう違うのかがわからないレベルの話になってくる。

でも、誰も文句ひとつ言わないし、それがアーティストのわがままではないことを知っている。写真1枚でも自分のベストを届けたいというこだわりであることを理解している。

もう昔のことだから言ってもいいのか、最後まで秘密にしておかなければいけないのか迷うけど、結局、この時の表紙は間に合わなかった。最初の版はひとつ前の状態の表紙を使うしかなかった。印刷所もぎりぎり以上に待ってくれたけど、次の版しか間に合わなかった。

雑誌というのは最初に刷ったものは地方に配送される。配送に時間がかかるから、早めに発送しなければならない。そうしないと、全国で同じ発売日に書店の店頭に並べることができない。だから、東京近辺には、その後刷ったものが並べられる。

東京の書店には最終的にOKを出した表紙で並んでいたから、アーティスト本人は、気づかなかったかもしれないけど、地方では納得のいかない表紙が出回ってしまった。

音楽の制作現場って、これが“普通のこと”になっている。こういう仕事って、会社員にできるのだろうかと思う。現場がぎりぎりの状態になっている時に、退社時間なので帰ります、なんてできないわけだから。エイベックスは特殊な仕事をしているから、労働基準法の適用から外してくださいというのも間違った考え方であることは理解している。じゃあ、どうするのか。それを考えるのも僕の仕事だ。

もっと彼らと話したかったけど、会食という限られた時間ではとても話し切れない。彼らの本音の底が見えたとも思っていない。社員との会食は、僕にとって彼らの考えていることを直接聞ける機会であるだけでなく、いろいろ考えるきっかけをつくってくれている。

松浦勝人/Masato Matsuura
1964年生まれ。エイベックス会長、音楽プロデューサー。24歳でエイベックス創業、ユーロビートブームの発信源となる。浜崎あゆみ、TRFなどのプロデュースを手がけた。
X:@maxmatsuuratwit
YouTube:@masatomaxmatsuura

TEXT=牧野武文

PHOTOGRAPH=長尾真志

STYLING=安部賢輝

HAIR&MAKE-UP=小林潤子(AVGVST)

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