孫正義氏の右腕としてソフトバンクの数々の一大事業を手がけてきた、英語コーチングスクール「トライズ」社長の三木雄信氏。現在、世界のビジネスエリートが集う「EMBA」で“学び直し”を実践中の三木氏による、世界のスーパーエリート達の脳内がわかる連載12回目。

インドネシア特有の問題を解決したエアコン
私は2026年6月、UCLA-NUS EMBAのカリキュラムの一環として、シンガポール国立大学で「成長するアジア市場の戦略」についての選択科目の授業を受けました。EMBAのカリキュラムでは必須科目の他にその国や地域に特化した授業が選択科目としてあるのです。
私は、アジア市場に興味があったのでシンガポールでこの授業を受けることにしましたが、クラスメイトの中には、フランスやブラジルやインドに行った人もいました。またこうした選択科目は、ハーバードやスタンフォードなど世界のMBAやEMBAのトップ校の共通の選択科目となっていて、私の参加したクラスも世界20ヵ国から生徒が集まっていました。このような選択科目でもチームでの発表があり、授業終了後には食事をしに行ったりするので、自分の学校の枠にとどまらない幅広いネットワーク作りの機会でもあるのです。
さて、「成長するアジア市場の戦略」の学びの中でもっとも大きなポイントは、グローバルに展開するためにはローカライズが不可欠だという内容でした。
そのようなローカライズのケーススタディとして取り上げられていたのが、インドネシアの地場メーカー、ポリトロンでした。1975年に中部ジャワでテレビメーカーとして創業した同社は、2000年代からエアコン市場に参入していましたが、長らく副次的な事業でした。事業の流れを変えたのは、国営電力会社PLNが抱える電圧の不安定さに、真正面から向き合ったことでした。
インドネシア出身のクラスメイトに聞くと、カリマンタン、スラウェシ、パプアのような地方都市だけでなくジャカルタやスラバヤ、メダンのような大都市でも、ピーク時の電圧低下は珍しくなかったそうです。
一般的なエアコンの圧縮機は起動に約180ボルトを必要とするため、こうした地域では電圧不足でコンプレッサーが起動しない、あるいは繰り返しの起動失敗で故障するという問題が広く存在していたのです。
ポリトロンが打ち出したのが、160ボルトでも起動できる「スタビライザーフリー」のエアコンでした。制御基板に電圧変動への保護機能を入れ、起動時の負荷を抑えるソフトスタート回路も搭載しました。
しかも、現地では「アンティ・スクリン・トゥルン」、つまり「ヒューズが落ちない」という言い方で、かなりわかりやすく訴求していました。結果として2024年、同社のエアコン事業は前年比約30%成長し、会社全体の売上も約14%伸びました。
グローバル化の本質とは
ここで注目したいのは、日本企業のダイキンです。ダイキンはインドネシアでも、品質と省エネ性能、ブランド力を武器に業務用と上位価格帯では高いシェアを誇ってきました。しかし、入門機や電圧が安定しない地方というセグメントでの浸透はおこなっていませんでした。この結果、ポリトロンのような現地のプレイヤーが、より現地に密着して一定のシェアを維持していたのです。
しかし、ダイキンも手をこまねいていたわけではありませんでした。2025年5月に、西ジャワでインドネシア初の本格的な家庭用エアコンの製造を開始しました。現地法人(DIID)の役員ブディ・ムリア氏は、出荷にあたり「電圧変動や湿度といった現地特有の課題に対応したエアコンへの需要が高まっている」と述べています。
この言葉は、ポリトロンが数年かけて言語化してきた課題設定そのものです。市場全体ではダイキンの存在感が圧倒的でした。それでも、電圧の不安定さという具体的な課題をどう商品に落とし込むかという一点では、ポリトロンが先んじていたのです。
ここに、日本企業のグローバル化における本質的な課題があるように感じます。多くの企業は「グローバル化」を、同一製品をいかに多くの国へ輸出するかという話だと捉えています。しかしポリトロンの事例が示すのは、現地のインフラを深く理解し、そこにフィットすることが重要ということです。
だからこそ、私たちに問われているのは、現地の課題を自分の目で見つけ、言葉にできているかどうかです。いくら技術的に優れた製品も持っていても、その国や地域の具体的な課題を見落とせば、思わぬところで後れを取る。特にアジアでのローカライズとは、規模でもブランド力でもなく、現地の生活実感にどれだけ近づけるかで決まるのだと、この選択科目の授業を通じて改めて感じました。

トライズ代表取締役社長。1972年福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱地所を経てソフトバンク入社。2000年ソフトバンク社長室長に。多くの重要案件を手がけた後、2015年に英語コーチングスクール「TORAIZ(トライズ)」を開始。日本の英語教育を抜本的に変えるミッションに挑む。

