PERSON

2025.06.15

孫正義、地獄の「12時間会議」の真意。元ソフトバンク社長秘書がEMBAでの学び直しで悟ったこと

孫正義氏の右腕としてソフトバンクの数々の一大事業を手がけてきた、英語コーチングスクール「トライズ」社長の三木雄信氏は現在、世界のビジネスエリートが集う「EMBA」で“学び直し”を実践中。MBAのさらに上をいく、企業のトップ候補が集うプログラムとは!? 世界のスーパーエリート達の脳内がわかる連載2回目。

トライズ代表取締役社長の三木雄信氏が参加する「EMBA」の様子
写真提供:UCLA-NUS Executive MBA #UclaNusEmba

孫正義の秘書だった私が、EMBAで再び地獄を見た

私は現在、UCLA-NUSのEMBAに参加しており(EMBAの詳細はこちら)、4月からシンガポール国立大学(NUS)でのコースが始まりました。その授業中、ふとソフトバンク時代に孫正義社長の秘書として働いていた頃の記憶が蘇ってきたのです。

ソフトバンクに転職したのは1998年、25歳のときでした。当時のソフトバンクはまだ通信事業に乗り出す前で、主力はソフトウェア流通。Yahoo! Japanなど、インターネット事業が立ち上がり始めたばかりの時期です。

私は秘書というより“鞄持ち”として、朝早ければ7時半から孫社長の自宅前で待機し、同行して朝食ミーティングに臨むという日々でした。ミーティングの相手は重役や要人ばかり。私はただメモを取り、資料を差し出すばかりで、朝食の味などわかるはずもなく、喉も通らないままでした。

その後は会社に移動し、ひたすら会議の連続。もともとのスケジュールは決まっていても、孫社長が「必要だ」と思えば会議はどんどん延長され、次の予定は延期や中止になることも珍しくありません。深夜まで会議が続く日もあり、12時間以上の連続ミーティングになることも。昼食も夕食も弁当や出前で済ませ、孫社長は中華丼をよく食べていました。

夜10時ごろ、孫社長が「見えてきたな」と会議を締めくくると、さらに「明日の朝までに今日の議論の内容を全部スライドにしておけ」と指示されるのです。そこからが私の本当の仕事。終電までにパワーポイントでスライドを作成し、翌朝の会議に備えねばなりません。ひとつのプロジェクトに数百〜数千時間かけるこの密度の仕事を、若さだけで乗り切っていたのが25歳の私でした。

トライズ代表取締役社長の三木雄信氏が参加する「EMBA」の様子
EMBAの入学式。写真提供:UCLA-NUS Executive MBA #UclaNusEmba

25歳の体力か、52歳の経験か――

そして今回のEMBA。これが、あの地獄を思い出させるほどの過酷さだったのです。

朝8時の朝食から始まり、18時半まで講義が続きます。休憩や昼食を挟みながらとはいえ、密度は尋常ではありません。それで終わりではなく、さらにグループワークで議論を重ね、役割分担を決め、それぞれが宿でスライドを仕上げるという流れです。

すべて英語で進行されるうえ、クラスメイトは世界中から集まっており、それぞれの訛りのある英語で高速に議論が交わされます。教授の話は聞き取れても、クラスメイトの発言が理解できず焦る場面もありました。しかし、発言も成績に反映されるため、手を挙げて積極的に参加する必要があり、密度の濃いコミュニケーションが求められます。

オンライン時代に足りないのは、あの「12時間会議」のコミュニケーションかもしれない

今回改めて気づかされたのは、コミュニケーションの重要性でした。

経営者の端くれとして私は孫社長から多くを学びました。例えば「すべてを数値化せよ」という仕事術。しかし、真似しないと決めていたこともありました。その一つが「長時間会議」です。理由は明快で、自分が苦労したこと、そして、会議の予定が押して他の出席者に謝るのが常だったからです。

けれど今回、EMBAで体感したのは、あの長時間会議こそが、ソフトバンクの成長を支えていたという事実でした。会議のなかで、孫社長が自身の「メンタルモデル」をチームに共有していたのです。

実際、EMBAの授業でもコミュニケーションの大切さは繰り返し説かれました。ある授業の課題図書には、ピーター・センゲの『The Fifth Discipline』(邦題『学習する組織』:英治出版)がありました。この本では、“メンタルモデル”という概念が紹介されています。人が無意識に抱く前提や思い込みが、組織の行動を大きく左右するという考え方です。

トライズ代表取締役社長の三木雄信氏が参加する「EMBA」の様子
EMBAでは懇親会も頻繁に行われるという。写真提供:UCLA-NUS Executive MBA #UclaNusEmba

例えば「管理職は現場に口を出すべきでない」というメンタルモデルを持てば、現場との連携は薄くなります。一方で「現場の理解こそがリーダーシップに不可欠」というモデルであれば、組織は活性化します。

このようなメンタルモデルは、頭で理解するだけではなく、長期間の濃密な対話や実践のなかで育まれ、共有されていくものです。孫社長の会議は、その「共有の場」だったのだと、ようやく理解できたのです。

私がEMBAに参加した理由は、経営者としての限界を感じていたからです。今回のNUSでの体験を通じて、かつての自分の仕事にあった情熱、そして何よりコミュニケーションの大切さを再認識しました。

コミュニケーションを通じてメンタルモデルを共有する――これは、私が今まで学び切れていなかった経営の本質の一つだったのです。コロナ禍以降、オンライン会議が増え、飲み会も減りました。皆さんは、最近しっかりと上司や部下、同僚とコミュニケーションできていますか?

トライズ三木社長
三木雄信/Takenobu Miki
トライズ代表取締役社長。1972年福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱地所を経てソフトバンク入社。2000年ソフトバンク社長室長に。多くの重要案件を手がけた後、2015年に英語コーチングスクール「TORAIZ(トライズ)」を開始。日本の英語教育を抜本的に変えるミッションに挑む。

TEXT=三木雄信

PHOTOGRAPH=干田哲平(三木氏)

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