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2025.10.31

Google社員は「月の労働時間は?」にどう答える? アメリカで悟った、日本の働き方改革の大誤算

孫正義氏の右腕としてソフトバンクの数々の一大事業を手がけてきた、英語コーチングスクール「トライズ」社長の三木雄信氏。現在、世界のビジネスエリートが集う「EMBA」で“学び直し”を実践中の三木氏による、世界のスーパーエリート達の脳内がわかる連載5回目。

Google社員は「月の労働時間は?」にどう答える? アメリカで見た、日本の働き方改革の大誤算
ロサンゼルス・プラヤビスタにあるGoogleオフィス。

シリコンビーチの最前線で見た「働く自由」

UCLA–NUS EMBAのプログラムの一環として、ロサンゼルスのプラヤビスタにあるGoogleのオフィスを訪問しました。プラヤビスタからベニスビーチにかけての一帯は、今や「シリコンビーチ」と呼ばれるロサンゼルス随一のテック拠点です。

Googleはかつて実業家ハワード・ヒューズが建造した巨大な航空機の格納庫を改装したユニークなオフィスを構えています。内部は、格納庫だった時代を偲ばせる巨大な木の柱がそのまま生かされ、高い天井の吹き抜けがあり、カフェテリア、フィットネス、カジュアルな打ち合わせスペースまで備わっています。また、ペットを連れて出勤することが認められているため犬を連れてオフィスを行き交う人も多くみられました。

まさに働く人が「ここで一日が完結する」ように設計されています。話を聞くとこのような施設なっているのは、何日も泊まり込む人がいるからということです。

そこで私はある女性社員に「毎月どのくらい働くのですか?」と尋ねたのですが、彼女はきょとんとした顔で「時間? そんなの考えたことないわ」と答えました。理由を聞くと、「結果を出せなければ、毎年1割が辞めていく。だから時間なんて関係ないのよ」と。厳しい成果主義の裏に、自由と自己責任が共存しているのだと感じました。

アメリカの「exempt」制度──成果で評価される働き方

アメリカでは、連邦法(FLSA)で、固定給であること、一定以上の給与(2024年基準で年43,888ドル以上)、そして管理職や専門職など自律的な判断が求められる職務であること、この3条件をすべて満たす人は「exempt(免除)」という法的区分となり残業代の対象から外れます。Googleのエンジニアやマネージャーの多くはこのexemptに分類され、その代わりに成果に応じた年俸や株式報酬で評価されます。

つまり、彼らにとって「仕事=価値を生み出すこと」であり、「時間=コスト」ではありません。オフィスの食事や設備は、長く働かせるためではなく、創造性を最大化するための投資です。時間ではなく成果で評価されるという考え方が、企業文化として根づいているのです。

日本の働き方は「時間の短縮」で止まっている

一方、日本の働き方はいまだに「時間」に縛られています。OECDの「世界の労働時間 国別ランキング(2023年)」によれば、日本の年間労働時間は1611時間で31位。アメリカや韓国より短いのに、生産性は決して高くありません。時間を減らすこと自体が目的になり、「どう成果を上げるか」という議論が置き去りにされています。

残業上限規制の強化によって形式的に労働時間を減らしても、付加価値を生む仕組みがなければ実質賃金は上がらない。日本の課題は「働き過ぎ」ではなく、「成果を生まない働き方」にあります。今こそ、“時間”ではなく“成果”を中心に据えた人事制度に転換する必要があります。

高市政権が直面する“働き方改革の分岐点”

自民党と日本維新の会が連立政権樹立で合意し、高市早苗政権が21日に発足しました。高市氏は総裁選の段階から、罰則付きの時間外労働の上限規制を「少し緩和する方法を検討する」と発言しており、働き方改革が後退するのではとの懸念もあります。

一方で、小林鷹之氏は「心身の健康維持と従業者の選択を前提に、労働時間規制を柔軟に考える余地がある」と述べています。形式的な規制に縛られるよりも、成果で報いる仕組みを整えることこそが、日本経済の再生につながるのではないでしょうか。働く人の自由を広げながら、生産性を高める方向への制度設計が求められます。

“何時間働いたか”ではなく、“何を生み出したか”

Googleの社員が「労働時間」という言葉に戸惑ったのは、彼らにとって仕事とは“成果を出す行為”だからです。日本では「働き方改革」と聞くと、時間を減らす議論ばかりが先行しますが、本来の目的は「成果を最大化し、豊かに働ける環境をつくること」にあるはずです。

これからの日本社会が進むべきは、「時間」ではなく「成果」で働く文化への転換です。高市政権の掲げる「柔軟な働き方」が、単なる残業緩和ではなく、生産性を高める制度改革へと進化することを期待しています。

トライズ代表取締役社長の三木雄信氏
三木雄信/Takenobu Miki
トライズ代表取締役社長。1972年福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱地所を経てソフトバンク入社。2000年ソフトバンク社長室長に。多くの重要案件を手がけた後、2015年に英語コーチングスクール「TORAIZ(トライズ)」を開始。日本の英語教育を抜本的に変えるミッションに挑む。

TEXT=三木雄信

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