PERSON

2025.10.30

“空手界のきゃりーぱみゅぱみゅ”植草歩。東京オリンピックでの挫折、海外で取り戻した自分らしさ

全日本選手権4連覇、東京オリンピック出場など、長らく女子空手界を牽引してきた植草歩さん。トップアスリートとして、そして2024年の現役引退後は指導者やモデルとして、常に挑戦を続ける彼女の軌跡を追う短期連載。第2回では、周囲の期待に応えようと自分を演じ続けた日々と挫折、そして “本来の自分”を取り戻した海外での経験について。

“空手界のきゃりーぱみゅぱみゅ”植草歩。東京オリンピックでの挫折と海外で取り戻した自分らしさ

自分自身の言葉を持てなかった東京オリンピック前

当時、社会人で空手を続ける選手はほとんどおらず、大学卒業後、植草歩さんは競技からの引退も考えていたが、空手が東京オリンピックの正式種目に追加される可能性を受け、現役続行を決意。

2015年9月、空手は正式に五輪種目に決定し、空手の注目度を上げる活動にも積極的に関わるようになる。スポンサーもつき、メディア出演やイベントも増え、街や大会会場で声を掛けられる機会も多くなった。

おしゃれで、明るく、天真爛漫。そんな素顔から、当時は「空手界のきゃりーぱみゅぱみゅ」と呼ばれ、メディアの露出も増えていた。

「オリンピックに出ると決めたからには、やらなければいけない。周りが自分に何を求めていたのかもわかっていたので、一生懸命自分を奮い立たせていました。でも振り返ると、無理にポジティブでいようとしていただけなんですよね」

そうつぶやいた後、植草さんが明かしてくれたのは、東京オリンピック直前のエピソードだった。

「当時のフィジカルトレーナーに『どんな自分で優勝したい?』と聞かれたんです。私は『キラキラ輝いている最高の自分で、最高の優勝をつかみとりたい』と答えました。そうしたら、『そんなメディア向けの言葉を聞きたいんじゃない』と言われて……」

その後に思い浮かんだのも、「空手で勝つことだけにフォーカスする。そのために、アスリートとして規律ある生活をし、全力を尽くす」という言葉。フィジカルトレーナーに問われた一言によって、みんなが求める言葉しか出てこない自分に気づかされたのだ。

「結局、当時の私は、自分の言葉を持っていなかったんです。周りが期待する植草歩を演じていただけなんですよね」

植草歩/Ayumi Uekusa
1992年千葉県生まれ。小学3年から空手を始め、2012年東アジア選手権優勝、2014年世界学生大会優勝など、海外でも実績を残す。2015年から2019年まで全日本空手選手権で4連覇を達成し、東京オリンピックにも出場。2024年9月に競技生活を引退し、指導者に転向。プラスサイズモデルとしても活躍する。

自己演出していたおしゃれな空手家

“空手界のきゃりーぱみゅぱみゅ”という愛称のもととなったおしゃれについても、「もちろん好きでしたが、周りの目を意識して頑張っていたところもあります」と告白する。

過去のインタビューで、植草さんは、「高1の時、デートで着ていった私服を彼に褒められてから、おしゃれをするのが好きになった」と語っていた。しかし本人は、「それも彼という他人ありきですよね」と話す。

「普段はジャージか胴着で、すっぴん。インスタにアップしていたおしゃれをした写真も、練習がないオフの日に撮ったものをあげていただけ。おしゃれな空手家を演出していた部分も、正直ありました」

さらに、スポンサーがついていたこともあり、周囲から怒られない範囲でのおしゃれに留めていたという。

「ネイルにしても、今みたいなデコったものではなく、ゴールドのワンカラーにしていたり。そうすれば、『金メダルを目指しているので』と言えるから」

空手家・植草歩

メディアで取り上げられ、注目されることは素直に嬉しかった。しかし、“求められる自分”を演じ続けるうちに、その重さが少しずつ心を圧迫していったと植草さんは振り返る。

東京オリンピックではメダル獲得が期待されていたものの、結果は7位と予選敗退。一夜にしてメディアからの注目度は急落し、スポンサーも離れるなど、彼女を取り巻く環境は一変した。

「オリンピックは、『私は強い』という自己暗示だけでは勝てない舞台でした。そもそも、大会前から、自分の空手に迷いが生じていたんです。得意技に自信が持てなくなって、苦手なものを克服することにフォーカスしてしまって、自分の空手を見失っていました」

東京オリンピック前は期待されるのが嬉しかったし、結果を出せる自分に高揚感もあったが、その気持ちも徐々に薄れていったという。

「コロナ禍で世の中が自粛中だった影響もありますが、オリンピックが終わった後は、プライベートも含めて何もやる気が起きず、自分でもかなりヤバい状況だなと思っていました」

オリンピックの前からさまざまなプレッシャーや不安でメンタルのバランスを崩していた植草さんは、東京オリンピックが予選敗退に終わったことで完全に心が壊れてしまった。

空手家・植草歩

海外でのホームステイが教えてくれた“自分らしさ”

オリンピック閉会後も本来の自分を取り戻せずにいた植草さんだが、あるメンタルトレーナーとの出会いを機に少しずつマインドが変わっていった。

「彼女に『あなたが本当に好きなものは何?』と聞かれた時、うまく答えられなくて。これまでの私は”人が求める自分“を演じてきたことに気づかされたんです。

彼女からは、いつもと違う選択をすることを勧められました。アスリートなんだから身体に良いものしか食べちゃいけないと思って、栄養士さんの指導通りのものを口にしてきたけれど、そのトレーナーさんは、『オリンピックが終わったんだから、いつもは選ばないものを食べてみよう。ジャンクフードやラーメンを避けてきたなら、一回食べてみたら?』って。

で、食べてみたら、すごーく美味しかったんですよ(笑)。後で聞いたら、これは、自分で選択するためのトレーニングだったそうです」

そのトレーナーが背中を押してくれたのが、2022年1~4月にアメリカ、カナダ、オランダで開催された空手セミナーに指導者として参加することだった。

練習を何ヵ月も休むのも、たったひとりで海外に行くのも、植草さんにとって初めてのこと。頼る人もおらず、言葉も通じない異国の地で長期間生活することの不安がなかったわけではないが、そうした”今までとは違う経験 “こそが、自分をリセットするのに役立つ。そんな考えから、勧めてくれたのだ。

「最初のホームステイ先で、同居していたアメリカ人の女の子に、『今日は何が食べたい?』と聞かれ、本当は日本食が食べたかったのに、せっかくアメリカに来たんだから現地のものを食べないといけないのかなと思って、『あなたのおすすめは?』と言ったら、叱られちゃったんですよ。『私はあなたが食べたいものを聞いているのよ』って。

向こうの人って、思ったことはストレートに言うし、意思表示をはっきりすることを求めますよね。そのメンタルトレーナーに”自分の気持ちを大切にして”と言われていたけれど、いざ実際の場面になると、なかなかできなかった。でも、子の出来事をきっかけに、“自分はどうしたいのか”を意識して考えるようになり、少しずつ言葉にできるようになっていった気がします」

「自分は自分。ありのままを受け入れればいい」。そう気づくきっかけとなった海外での体験は、今、彼女にとって大きな財産となっている。

「日本にいる時は人の目を意識していましたが、海外では、誰も私のことなんて知らないし、気にもしない。それも気楽でしたね。英語がわからず苦労したけれど、海外ドラマを観ながら『こういう意味なんだ』と勉強したのも楽しかったです。

大変なことも含めて、いろんなことを経験したおかげで、だんだんと自分を取り戻せるようになりました。そのきっかけをつくってくれたトレーナーさんには、本当に感謝しています。彼女との出会いは、私にとって大きなターニングポイントだったと思います」

空手家・植草歩

2024年9月に現役引退した植草さんは現在、母校・日体大付属柏高校空手部で監督を務めている。

「オリンピックでの挫折や海外経験が、指導者としてすごく役立っています。強がりではなく、メダルを獲れなかったからこそ得られたものは大きかったですね」

最終回では、指導者、そしてプラスモデルとしての挑戦も含め、さらなる活動の展望を語ってもらう。

衣装クレジット:ロングベスト¥14,190〜15,290、サテンソフトシャツ¥7,689〜8,459(ともにCHIC STYLE) ワイドパンツ¥6,589~7,249(Essenave/すべてnissen www.nissen.co.jp)  イヤカフ¥11,000、ネックレス¥8,800、リング<シルバー>¥13,200、リング<ゴールド>¥13,200、ブレスレット¥22,000、バングル¥5,670(すべてアビステ TEL:03-3401-7124) ピアス¥2,990、ブーツ¥6,590(ともにザラ カスタマーサービスwww.zara.com

TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=斉藤大嗣

STYLING=宮本愛子

HAIR&MAKE-UP=服部さおり

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