PERSON

2025.10.31

「勝つためではなく“逃げ場”になる道場をつくりたい」空手家・モデル、植草歩の挑戦

全日本選手権4連覇、東京オリンピック出場など、長らく女子空手界を牽引してきた植草歩さん。トップアスリートとして、そして2024年の現役引退後は指導者やモデルとして、常に挑戦を続ける彼女の軌跡を追う短期連載。最終回では、指導者であり、プラスサイズモデルとしても活動する彼女の現在地と、新たな夢に迫る。

「勝つためではなく“逃げ場”になる道場をつくりたい」空手家・モデル、植草歩の挑戦

仲間との間の絆こそがスポーツの醍醐味

2024年に競技者を引退した植草歩さんは、母校・日体大柏高校空手部監督に就任し、指導者としての道を本格的に歩み始めた。

「男子の坊主頭廃止」を訴え、学生の声に耳を傾け、主要大会にはメンタルトレーナーを同行させるなど、高校空手界に新たな風を吹き込んだ。

彼女が指導者として常に心がけているのは、「勝ちにこだわり過ぎないこと」だと語る植草さん。

「自分の指導を信じて頑張っている選手たちを勝たせたい、栄誉を授けたいという気持ちはもちろんあります。でも、そこにこだわり過ぎると、生徒たちにプレッシャーをかけることになってしまうし、指導も厳しくなってしまう。

私はそれで苦しんだ経験があるから、そこにだけフォーカスを当てることはしたくないんですよね」

植草さんは部員によく話していることがある。

「ここにいるのは友達じゃなくて仲間。一緒に厳しい練習をして、一緒にご飯を食べて、大会で勝てば一緒に喜び、負ければ一緒に悔しがる。そういう苦楽を共にする仲間だよと話しています。

私は今でも、学生時代の部活の仲間や日本代表チームのメンバー、指導してくださった方々に会うとすごく嬉しいし、楽しい。きっと、苦楽を共にした仲間だからこその強い絆があるからでしょうね。それを、生徒たちにも育んでほしいと思っています」

植草歩/Ayumi Uekusa
1992年千葉県生まれ。小学3年から空手を始め、2012年東アジア選手権優勝、2014年世界学生大会優勝など、海外でも実績を残す。2015年から2019年まで全日本空手選手権で4連覇を達成し、東京オリンピックにも出場。2024年9月に競技生活を引退し、指導者に転向。プラスサイズモデルとしても活躍する。

プラスサイズモデルとしての挑戦

指導者としての新たな道に加え、植草さんはプラスサイズモデルとしても注目を集めている。友人の紹介で知った、平均より大きいサイズの服を着こなすモデルの募集に自ら応募し、書類選考や面接を経て『la farfa』の専属モデルに採用された。

「雑誌のモデルさんたちは、おしゃれを心から楽しんでいて、キラキラ輝いていました。自分の体型をポジティブにとらえる姿勢にも勇気をもらい、挑戦してみたいと思ったんです」

モデルとしての撮影は、空手とはまた違った緊張があるという。

「これまでもプロに撮影いただくことはありましたが、それは空手家の植草歩として。モデルとしては新米なので、どんなポーズをとればいいか全然わからないし、照れくささも正直あります。実は、今日の撮影も緊張しました(笑)。

でも、プロにメイクしてもらうのは楽しいし、『かわいい』と言ってもらえるのも嬉しい。ネガティブになっていた時期はファッションに興味が持てなくなっていたけれど、今はまた、おしゃれが楽しいという気持ちが戻ってきました」

その言葉を裏づけるように、インスタには空手指導とともにおしゃれな私服や凝ったネイルの画像が並んでいる。

「本当は髪を切りたいんですけどね。選手時代からゲン担ぎで髪を伸ばしていて、『インターハイが終わったら』『国体が終わったら』と思っているうちに、どんどん長くなっちゃいました(笑)」

「子供たちの逃げ場となる道場を作りたい」

屈託のない笑顔で周囲を和ませる一方で、自身の胸の内をストレートな言葉で真摯に語ってくれる。栄光と挫折、喜びと苦しみ。空手を通じて得たさまざまな経験は、今の植草さんの中にしっかりと息づいている。

「辛いこともあったけれど、弱さやダメなところのある私だからこそ伝えられることがあります。自分の教え子たちだけでなく、それをもっと多くの人に伝えたい。これからは、講演会にもどんどん挑戦していきたいですね」

空手家・植草歩

さらに、彼女には大きな夢がある。それは、「子供たちが帰る場所」だ。

「私が育った町は、少し荒れていて、同級生のなかには道をそれてしまう子もいました。未成年でタバコやお酒に手を出してしまう子もいたんです。私がそうならなかったのは、空手という支えがあったから。

中学生とか高校生の時って、悪いことに惹かれやすい時期ですよね。私は、空手で日本一になりたいという目標があったから、そうした誘惑とは一線を引くことができました」

道場には、植草さんを見守る大人たちもいた。苦しい時や辛い時、いつでも相談に乗ってくれる支えがあったからこそ、ここまで来られたという。

「だから今度は私が、子供たちを支えて、人としての道筋を示してあげたい。そこに行けば、ご飯が食べられて、運動もできて、話を聞いてくれる大人がいる、こども食堂みたいな道場をつくりたいんです。勝つための道場ではなく、子供にとって“逃げ場”になる道場ですね」

もちろん、道場を開くための資金も経験もまだない。「今は夢物語ですが」と言いつつ、彼女は力強く語る。

「『世界一を目指す』も『オリンピックに出る』も、最初は口に出すのが恥ずかしかった。でも、“ウソから出たまこと”じゃないですけど、言葉にすることで実現できる夢もあると思うんですよね。だから、今、思い切って言ってみました(笑)」

空手は、植草さんにとって「自分を成長させ、人生を変えてくれたもの」。これからも、空手を軸に人生の新たな道を切り拓いていくことだろう。

TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=斉藤大嗣

STYLING=宮本愛子

HAIR&MAKE-UP=服部さおり

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