全日本選手権4連覇、東京オリンピック出場など、長らく女子空手界を牽引してきた植草歩さん。トップアスリートとして、そして2024年の現役引退後は指導者やモデルとして、常に挑戦を続ける彼女の軌跡を追う短期連載。第1回は世界一を目指した挑戦と挫折について。

パチン! という音が気持ちよくて、空手の道に
2024年9月24日、植草歩さんの姿はアディダスジャパン本社にあった。
多くの記者や関係者が見守るなか、競技生活からの引退を発表。「8歳から始めた空手を32歳まで続けることができて幸せに思う」と涙ながらに語った。
2015年から2018年まで4度に渡って全日本選手権を制し、2016年には世界選手権女子+68キロ級で優勝。東京オリンピックでは7位に終わったが、2022年アジア大会で優勝を果たし、翌年、4度目となるプレミアリーグ年間王者の座に輝いた。
空手が東京オリンピックの正式種目となったこともあり、“空手界のきゃりーぱみゅぱみゅ”として、その存在が注目されたのも記憶に新しい。
植草さんが空手を始めたのは小学3年、8歳のとき。きっかけは、「お前は生意気だから、きっと中学に行ったらいじめられる。空手をやって、礼儀を学んだほうがいい」という、幼馴染の言葉だった。
「体験レッスンで初めてミットを叩いた時に、バチン!という音がして、それがものすごく気持ちよかった。すぐに空手にハマりました」
もともと運動神経万能だった植草さんはすぐに頭角を表し、翌年には大会で上位入賞。小学5年で日本3位に。そんな彼女の傍らには、常に寄り添い、道場への送迎や自主練を支えた父の姿があった。
「『ヘラヘラするな』『こうしたほうがいい』と父がとにかくうるさくて、何度も辞めたいと思いました。でも、師範はその真逆で、『正座がきれいだね』『構えがいいね』と、何をしても褒めてくれるタイプ。負けた時ですら『歩が強いから負けちゃったんだよ』と言ってくれるんです。
今思えば、その両方があって良かったなと思います。高校以降の厳しい練習を乗り越えられたのは、あの時に父に厳しくされたおかげですから。」

1992年千葉県生まれ。小学3年から空手を始め、2012年東アジア選手権優勝、2014年世界学生大会優勝など、海外でも実績を残す。2015年から2019年まで全日本空手選手権で4連覇を達成し、東京オリンピックにも出場。2024年9月に競技生活を引退し、指導者に転向。プラスサイズモデルとしても活躍する。
「高校を卒業したらギャルになりたかった」空手一色の青春時代
地元の中学を卒業後、空手の名門・柏日体高等学校(現・日体大柏高校)に進学。空手漬けの日々で一年の大半はジャージか胴着という生活に物足りなさを感じていたのだろう。おしゃれにも興味が湧いてきた。植草さんは「高校を卒業したら空手はやめて、金髪ギャルになりたかった」と笑う。
「高1、高2と千葉県では一番になれても、全国ではなかなか勝てなかったんですよ。でも、高校3年の時の国体でやっと日本一になれて、意識がガラッと変わりました。決勝戦での緊張感とか独特な雰囲気は、ギャルでは味わえないなって」
覚悟を持って進学した帝京大学では、1年生ながら全日本学生の決勝に進出。2013年には空手世界三大大会のひとつ、ワールドゲームズで金メダルを獲得するなど、国内外から注目を集める存在へと成長した。
ところが、同年の関東大学選手権でまさかの決勝敗退。世界一から一転、植草さんは精神的に追い詰められていった。
「世界一にもなって、日の丸も背負っているのに……と、本当に屈辱でした。そのうちご飯が喉を通らなくなって、過呼吸を起こすこともありました。
当時は“メンタルをやられる=弱い選手”と見られる時代で、プライドもあったから、誰にも相談できなかったんです。父や母に話しても、解決することじゃないと思っていました」

メンタルトレーナーとの出会いで変わった「言葉の力」
そこで彼女がとった行動は意外なものだった。持ち前の負けず嫌いな性格から、「もう一度世界一になりたい」という思いを胸に、当時はまだ珍しかったメンタルトレーナーを個人的に探したのだ。
「ツイッター(現・X)で検索して、“いいこと言ってるな”と思った人に自分からDMを送ったんです。自己紹介と、『お金はないけれど世界一を目指したいので協力してくれませんか』と。我ながら、プロに相談しようと思ったのはすごいですよね(笑)」
しかし、実はその人、メンタルトレーナーではなく脳科学の知見をベースに指導を行っている人だった。
「最初に言われたのは“マイナスの言葉を口にしない”ということでした。花にいい音楽を聞かせるとよく育つという実験を見せられて、声がけが、生物にとってどれほど大切かを教えてくれました。『言葉も同じように作用する』と。
『勝たなきゃいけない』とプレッシャーを感じれば感じるほど、『負けたらどうしよう』という気持ちがよぎってしまう。
そこであえて、『私なら勝てる』『私はできる』という言葉に置き換えて、口に出すようにしました。 “怖い”という言葉を思い浮かべた瞬間に負けると思って、練習中も試合前も自己暗示をかけ続けました」
その後、2014年韓国・仁川で行われたアジア競技大会の女子組手68kg超級で3位入賞。大学卒業後は引退を考えていたが、2020年東京オリンピックで空手道が正式種目になる可能性が高まり、現役を続行する決断を下した。
同年の全日本空手道選手権大会では個人組手で初優勝。その後も女子組手68kg超級の世界ランク1位を経験し、2017~2019年のプレミアリーグ年間チャンピオン、個人組手史上初の全日本選手権4連覇も達成。得意の中段突きで世界の頂点にまで上り詰めた。

努力の甲斐あって一度はスランプを脱出できたものの、“暗示”はしょせん”暗示“だ。やがてまた苦しさが訪れる。
「成果は出たんですが、また、だんだん苦しくなってきちゃって……」
自分の気持ちをどこかで押し殺し、無理をしていたからだろう。植草さんは再び精神的なスランプに陥り、そのまま東京オリンピックを迎えることになった。
次回は、「空手界のきゃりーぱみゅぱみゅ」として注目を集めた東京オリンピック前後、そして、引退を決めるまでの変化について語ってもらう。
衣装クレジット:ロングベスト¥14,190〜15,290、サテンソフトシャツ¥7,689〜8,459(ともにCHIC STYLE) ワイドパンツ¥6,589~7,249(Essenave/すべてnissen www.nissen.co.jp) イヤカフ¥11,000、ネックレス¥8,800、リング<シルバー>¥13,200、リング<ゴールド>¥13,200、ブレスレット¥22,000、バングル¥5,670(すべてアビステ TEL:03-3401-7124) ピアス¥2,990、ブーツ¥6,590(ともにザラ カスタマーサービスwww.zara.com)
 
             
             
             
             
             
             
             
             
    



 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
             
             
            
 
               
               
               
               
               
               
               
               
               
               
               
               
               
              