仕事の気がかり、明日への不安。現代人はどうしても睡眠不足になりがちだ。それが経営者であったなら、なおさらだろう。かつて自身も睡眠不足に悩んだというバルミューダ社長寺尾氏はなんと「眠るための道具」を開発。その開発秘話に迫るインタビュー前編では、寺尾氏自身の睡眠との向き合い方を訊いた。【特集 睡眠投資2026】

1973年生まれ。高校中退後、地中海沿岸を放浪し、帰国後はミュージシャンとして活動。2003年にバルミューダの前身であるバルミューダデザインを創業し、代表取締役社長に就任。2010年に「GreenFan」、2015年に「BALMUDA The Toaster」など、既存の家電を新たな体験へと再定義する製品を次々と世に送り出している。
家に帰ってもずっと仕事。頭の中は仕事でいっぱいで寝つきも悪かった
自然界のような風をおくりだす扇風機や、トーストの美味さにとことんこだわったトースターなど、これまで数々の画期的な家電を生み出してきたバルミューダ。
その商品企画、エンジニアリング、さらにデザイン、宣伝までを指揮するのが、代表取締役社長の寺尾玄氏だ。
会社の経営とは、それだけで眠れないほどの悩みを抱えそうなものだが、経営に加え製品開発やクリエイティブのディレクションに現在も深く関わっている寺尾氏の「眠れない度」は計り知れないだろう。
「家に帰ってもずっと仕事をしていましたし、眠るタイミングもよくわかっていませんでした。頭の中は仕事でいっぱいですから寝つきも悪く、やっと寝てもすぐに目が覚めてしまう。これまでは1日5時間寝ればいい方でした。自分としてはそういう生活が当たり前だったので『最近、なんでこんなに疲れているのだろう?』と疑問に思っていたんです。でもふと『あれ? もしかして睡眠不足なのでは』と気がついた瞬間がありました」
社会と通じた窓「スマホ」が枕元にあるのは不自然
それまで、寝室に持ち込んだスマートフォンのアラームで起床。さらに「寝つきが悪い」と自覚してからはタブレットも置いて、心地よい雨の音を流し睡眠を誘おうと努めていた。しかし寝室に2台もの端末があることに、疑問を抱いたのだという。
「私たちは常日頃スマホと一緒に過ごしています。確かにすごく便利ですが、あまりにも虜にされすぎているというか。手と目と頭を使うコストって結構高いと思うんですよ。1分間夢中でスマホを見ていたら、その集中力でなにか違うことができたんじゃないかってくらい。リラックスするはずの自宅で、ましてや寝室でそういうものを使うのが果たして適切なのか。それにスマホもタブレットもふたつとも通信機器ですから、社会と通じた窓ですよね。そういうものが眠ろうとする枕元にあるって、なにか不自然じゃないかなと」
数々のヒット商品の企画を自ら立ち上げてきた寺尾氏にとって、「こういうものがあれば」という閃きは、ものづくりの出発点でもある。そして寺尾氏によれば、その閃きは考え抜いている最中ではなく、リラックスした瞬間にふっと訪れることが多い。
自宅ではリラックスのため、ひいてはこの閃きのため、自身の「コスト」を使うスマホから離れることが急務だと寺尾氏は感じたという。
しかし、「寝室にスマホを持ち込むのはやめよう」という一般論には決して落ちなかった。
「とはいえ、アラームは必要でしょう? そして私の場合はそれまでタブレットから流していた雨の音を聞きながら眠りたい。そうなると、そのような機能を備えた新しい『眠るための道具』が必要なのではないか、そうして思いついたのが『The Clock』なのです」

手のひらに収まる小さな時計は、針のない文字盤に浮かぶ光の動きで時刻を知らせる。環境音で落ち着いた空間をつくる機能「Relax Time」や、優しい音で目覚めを促すアラームなどを備えている。
「眠るための道具をつくろうと思い立ったことで、初めて自分の睡眠時間を意識。私の場合は7時間がベストでした。現在は23時に眠り、6時に目覚める生活を毎日続けています。疲れも感じづらくなりましたし、なにより閃きの数も増えた、そんな実感があるのです」
睡眠は生きるための大事な過程
商品を開発する際、寺尾氏はその背景にある科学や歴史まで徹底して調べる。「BALMUDA The Toaster」の開発でも、なぜ人は焼いたパンをおいしいと感じるのかを突き詰めていった。今回「The Clock」をつくるにあたって向き合ったのは、「人はなぜ眠るのか」、そして「時計とは何か」だった。
「時間ってすごく不思議なものなんですよね。そもそも『何時何分』という時刻は、人間にしか通用しない概念じゃないですか。相対性理論で考えれば、時間の流れは一定ですらない。人類は最初は日時計で時を知っていたけれど、それは持ち運べないから、いろいろな時計がつくられて、街では鐘楼や寺院の鐘が時刻を知らせるようになった。
時刻という概念が共有されるようになったことで、人は待ち合わせもできるようになって、仕事も時間で区切れてさらなる生産性があがっていく。時計って、考えてみるとすごい道具なんです」
そして時計の歴史を辿る一方で、寺尾氏は「眠る」という行為そのものについても調べていった。
「眠りについて調べるなかで、睡眠には身体を修復し、回復させる大切な役割があると知りました。毎日活動している身体を、眠って回復させる。人間はずっと覚醒し続けることはできません。眠りとは生きるための大事な過程なのに、自分はそれをあまりに軽んじてはいなかったかと、ショックも受けましたね」

スマホは帰宅後玄関へ。以降朝まではいっさい見ない
「The Clock」に2026年7月から追加された新機能「ナイトルーティン」は、自身で設定した眠るまでのタイムラインにあわせサウンドが流れ、時間ごとにそのサウンドが切り替わる仕組みだ。
「家に帰った瞬間から眠りへの準備が始まっています。私の場合は帰ったらサウンドが流れるようにして、21時半になるとそれが切り替わります。そうなったら『あ、お風呂に入らないと』と気が付くわけです。お風呂って入るのがどうしても面倒ですよね(笑)。でも入れば絶対気持ちいいわけで、サウンドが変わったらそれを合図にもうグズグズせず入る。シャワーだけではなく、湯船に絶対浸かるように心がけています。実際浸かっている時間は5分もないくらい短いですが、それでも体温が上がれば眠りへの準備になりますから」
さらに眠る30分前、寺尾氏の場合は22時半に再びサウンドが切り替わり、それを合図に頭を仕事から切り離し、自身のモードを完全に眠りへと切り替える。その間に歯を磨き、身体をととのえ、寝室へ向かえば23時にはベッドの上で眠りに落ちているという。起きている時間から眠りを意識して動くことで、ベッドに入ってからなかなか眠れない、ということも減った。
「で、スマホはどこにあるか、という問題ですが、もう最近は帰ったらすぐに玄関に置いてそこで充電、朝までいっさい見ません。夜に思いついたアイデアもPCではなくノートにペンで書くようにしているんです」
そうしてゆっくり眠って、朝6時に「The Clock」の優しいアラームで起床。朝はコーヒーを入れながら、心地よい環境音を聞き、20分ほどタイマーを設定。その間にストレッチや筋力トレーニングをする。そしてそこから昼までは怒涛のミーティングに入るという。
「私の場合、エンジニアリングから営業、宣伝、デザインとさまざまな打ち合わせが入り、それぞれに別の脳を使うので、もう午前中でヘトヘトなんですよ(笑)。だからお昼を食べる前に15分間の昼寝をします。『The Clock』でタイマーをかけるとホワイトノイズが流れて雑音を覆い隠してくれるから、その間はすごく深く眠れる。これで昼寝の質もよくなりました」
かつて白熱電灯の発明によって、人類の活動時間は夜へと大きく広がった。その夜を享受し続け、いつしか眠る時間まで削るようになった現代人に、寺尾氏は今度は「眠るための道具」を差しだしているのだ。インタビュー後編では、「The Clock」の開発秘話と、寺尾氏のクリエイションの源について訊く。

