六星占術の創始者・細木数子の教えを受け継ぐ細木かおりさんが、誰にでも必ず訪れる20年間の宿命大殺界との向き合い方を語ったインタビュー記事をまとめてお届け! ※2026年2月掲載記事を再編。

1.細木数子がブレイクした40代は、宿命大殺界の時期だった

なぜ同じタイミングで事業を始めても、飛躍する人と失速する人がいるのか。なぜ努力しているのに、物事がかみ合わない時期があるのか。
その理由を「運気の周期」という視点でひもとくのが、50年ほど前に故・細木数子が考案し、現在は娘の細木かおりさんが提唱している六星占術だ。
運命周期は、どの星人であっても「種子」「緑生」「立花」「健弱」「達成」「乱気」「再会」「財成」「安定」「陰影」「停止」「減退」という12の運気が、12年、12ヵ月、12日の順で巡る。なかでも「陰影」「停止」「減退」の時期は「大殺界」とされ、エネルギーが大きく減退し、不運や不幸に見舞われやすいとされている。
しかし、同じ時期に大殺界を迎えていても、トラブルが連続する人もいれば、大きな災難に遭わない人もいる。その理由について、かおりさんはこう語る。
「運命は“命を運ぶ”と書きます。この世に生まれてから、自分の判断や選択によって運んでいくもの。対して宿命は、“命が宿る”と書くように、先祖から受け継いだものを含め、その人に最初から備わっているものです。その人の根っことなるものが宿命で、枝葉のように変化していくのが運命だと考えると、わかりやすいと思います」
運命は自分で変えられるが、宿命をコントロールすることは難しい。だからこそ、宿命を知り、上手につきあうことが重要になるのだという。
2.細木かおり「宿命大殺界の過ごし方によって、人生の流れが大きく変わる」

転職、独立、結婚、転居――人生の転換期に下した決断は、その後の流れを大きく左右することがある。では、その「流れ」は、どのように生まれるのか。
これは、細木数子が提唱し、細木かおりが受け継ぐ六星占術における、「宿命大殺界」と呼ばれる20年間の考え方に由来する。
六星占術では、誰の人生にも必ず訪れる特定の期間が20年間あるとされ、それを「宿命大殺界」という。この時期の過ごし方によって、その後の人生の流れが大きく変わるという。
この期間は3つに分けられ、最初の5年間はエネルギーが上がり始める「初起殺界」、真ん中の10年間は頂点に達する「中起殺界」、最後の5年間はエネルギーが下がり始める「転起殺界」とされる。
宿命大殺界の時期に陽転すれば、強烈なエネルギーに後押しされ、長年の夢が実現するなど思わぬ成功をつかむ可能性がある一方、陰転すれば、判断や選択が裏目に出やすく、人生の底を味わう危険性も高まる。
「誰もが陽転を望むと思いますが、そのカギとなるのが、宿命大殺界に入る前の2~3年間の過ごし方。転職や転居、結婚、新たな事業を起こすなど、環境を大きく変化させた人ほど、陽転する可能性が高いですね。逆に、初起殺界の期間に環境を大きく変えたり、新しいことに手をつけたりすると、転起殺界の時期に大きなトラブルに見舞われるケースが少なくありません。
つまり、強いエネルギーを味方につけるには、自分がいつ宿命大殺界に入るのかを知り、事前に準備しておくことが大切なのです。そして、その時期に自分を支配している宿命星(運命星とも呼ばれ、個人の性格、基本的な運勢に関わるもの)は何かを知り、その星の性質に沿った生き方を心掛けてください」
3.六星占術・細木数子の後継ぎ、細木かおりとは。母の素顔を語る

強烈な個性と発言で時代を席巻した細木数子。2021年、83歳の時に激動の生涯を閉じた。
「昭和13年生まれの母は、戦後、家族を養うために水商売の道に入り、それなりに成功を収めました。しかし30代で詐欺に遭い、数億円の借金を背負います。結婚もわずか3ヵ月で離婚。なぜ自分の人生はこんなにも浮き沈みが激しいのか。それを解き明かしたいと、占術の道に入ったそうです」
44歳で出版した著書はベストセラーに。歯に衣着せぬ物言いという強烈な個性と、数多くの相談者を救ってきた実績も相まって、細木数子の名は一気に世間へ広まった。テレビ番組は軒並み高視聴率を記録し、毎年発行される『六星占術によるあなたの運命』シリーズは累計発行部数1億部を突破。その活躍は目を見張るほどだった。
「母から『後継者になってほしい』と最初に言われたのは、今から17年前。母が70歳、私が30歳の時です。もう、全力で断りました(笑)。当時は子どもたちもまだ小さく、余裕がなかったこともありますが、何より母のようにはとてもできないと思ったので」
大きな成功の一方で、細木数子はすさまじいバッシングにもさらされていた。世間からは“何を言われても動じない強い人”に見えていたが、その裏では深い葛藤を抱えていたという。
「正直、私には、あの状況はとても耐えられないと思いました。子どもの頃、『人のことを思って一生懸命やっているのに、どうしてあんなにひどいことを言われるのだろう』と、傷ついた記憶もあります。同じ想いを、自分の家族にさせたくない。その一心で頑なに断り続けていました。
でも、母の『細木数子になってくれと言っているのではない』という言葉と、本気度に触れ、後継者になる決心をしました」


